長編小説

無常の花

無常の花・22

 代々木体育館をあとにして、病院に来た。 貴洋の具合は良好だ。もう呼吸器も外れていた。
無常の花

無常の花・21

夜九時頃になって、車のヘッドライトが道を照らした。闇と同化するように車体は見えない。  その車が去ったあと、黒塗りの車が停めてあった場所へ移動したがその姿はない。先程の車がそうだったんだと確信した。
無常の花

無常の花・20

 次の日も、その次の日も、突然、孝太から電話が来なくなった。  続けばいいのに、幸せな時が。なぜ、とどまってはいられないんだろう。なんで、幸せのあとには悲しみがやってくるのだろう。幸せが去ったあと虚しくなるのなら、おれは幸せなんて欲しくない。
無常の花

無常の花・19

 夕闇の中、孝太の唇をなぞる。かさついた感触。  うっすら目を開けて、見下ろす角度でおれを見つめるまなざしがあった。おれの前髪を手ですいて、顔が見えるようにかき分けた。髪にキスを落としてくる。
無常の花

無常の花・18

孝太の住むアパートは目黒にあった。二階の一番奥の部屋。築何年かは分からないが、塗装を見る限りそんなには経ってなさそうだ。  春山、と書かれた部屋の前で立ち止まると、電話をすることを思い出し孝太へコールする。しかし、出ないので留守電に着いたことを入れ、部屋へ入った。
無常の花

無常の花・17

 停学期間が明け大学が始まり、おれは学校中でヒソヒソ陰口をたたかれていた。貴洋の入院のことも、大学に来たヤクザがらみのことなんじゃないかって、色んな推測をされていた。まあ、当たってるから弁解も出来ないけど。
無常の花

無常の花・16

 次の日、勇気を出して貴洋のお見舞いに行った。孝太の病室とは正反対に、清潔で明るい部屋に貴洋は入院していた。
無常の花

無常の花・15

お前はあいつを守りたいと思ってるんだよ――  家に着いてからもその言葉が頭から離れなかった。
無常の花

無常の花・14

旅館の人に応急処置はしてもらったが、鏡の欠片が残っているのでと、明日は近くの病院に行くようにと言われた。 貴洋はその晩、どこで過ごしたのか部屋には戻って来なかった。
無常の花

無常の花・13

「孝太?」 同じトーンでおれも返すと、クスクスと笑う息づかいが聞こえた。
無常の花

無常の花・12

 ガラリ  一拍置いて、脱衣所に人が入ってきた。  音に反射して、おれたちは弾けたように離れる。
無常の花

無常の花・11

その後自宅に戻ると電話で貴洋の具合を確認した。殴られたのは顔だけで、骨折などはしていないようだ。
無常の花

無常の花・10

 その後、おれと貴洋は大学から一週間の停学処分をくらった。 貴洋は「ケガしてるし丁度いいや」なんてのんきに笑っていたけれど、おれはそんな風に笑う気持ちにはなれなかった。そんなおれを見て、貴洋も笑うのをやめた。
無常の花

無常の花・9

「優樹、どう? IPHONEの使い心地は」 「うーん、どうすればいいのか全然わかんない」 「やっぱ今買うならこれだよな」 SIMカードを取り替えるだけのつもりだったが、ギャラクシーからIPHONEに機種変更をしてしまった。
無常の花

無常の花・8

戦国時代はもう終わった。この現代社会で向かう敵なんていない。だから、孝太たちを見ていると、生まれてくる時代を間違ったんじゃないかと思う。
無常の花

無常の花・7

「孝太あ、いるんだろっ」  そこへ、静かな病室にいきなり大声が響いた。扉を勢いよく開けて入ってきたのは、どこからどう見てもその筋の人間だ。
無常の花

無常の花・6

「孝太は無事ですかっ?」  どこかの店の休憩室のソファで目を覚ましたおれは、開口一番、孝太の無事を問いかけた。どうやら昨夜はそのまま意識を失ってしまったらしい。
無常の花

無常の花・5

 ラブホテルを出ても、まだ悪夢は終わってなかった。  体のふしぶしが痛くて意識がもうろうとする。致命的なのは下半身が痛くてどうにも歩けなかったことだ。それに加えて終電もとっくになくなっていたので、おれは逃げるに逃げられず必然的に孝太と一緒にいざるを得なかった。
無常の花

無常の花・4

 貴洋が見えなくなると、孝太の表情を伺った。とたん、みるみるうちに孝太の顔がやさしくなってゆく。 「優樹、マジ嬉しい。そんなこと言ってくれた奴、今までいなかった……」
無常の花

無常の花・3

 次の日の下校時刻、また孝太から「大学に来ちゃった」とのメールが届いていた。 「はろー」 「孝太、何か用……って、顔どうしたんだ!?」 「先輩に殴られた。来るのがおせーって」  そう驚いたのは、孝太の目の上には腫れぼったく青タンができていて、唇の端は切れて赤黒くなっていたからだ。
無常の花

無常の花・2

 次の日、おれは昨日のライヴのことを大学の皆に自慢していた。  「そのダフ屋が良い人でさ、アリーナのこーんな前だぜ、信じられるか? あ、おばちゃん、ネギ抜きでお願いします」 「へえ、良いヤクザもいるんだな。あ、貴洋五百円持ってねえ? 細かいの全然ないわ」
無常の花

無常の花・1

 十八時三十分、代々木体育館。 ライヴが始まる三十分前とだけあって人の流れが慌しい。大人気の来日アーティストのチケットはもう売り切れていて今日は満員なはずだ。しかし、おれはその流れから外れてひとりポツンと会場付近の人ごみを見やった。
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