CDショップ店員になりました
act.1:CDを売るぞ、の巻
なんてことだ。
CDやレコードが売れない時代におれは生まれてしまった。ヴァージン・メガストアーズ、HMV、シスコ、ワルシャワ……
どんどん潰れていった店を前に、おれは何をすればいい。何をすべきなのか。アルバイトを一年して、ようやく社員になれたときに思ったんだ。
そりゃ売るしかねえだろ
おれの大好きなこの店は誰にも潰させねえ、と
*
「で、何でこんなんを三十枚もオーダーしたわけ?」
「え、売れますって。めちゃくちゃカッコ良いじゃないですか」
おれはまた、いちゃもんをつけられていた。
いちゃもんというか、注意というか、おれが発掘しためちゃくちゃ好きなCDを勝手にオーダーしたところ、多すぎる、と文句を言われてしまったのだ。
「お前の好みはマイナーすぎるんだから、こんなんが三十枚も売れるわけねえだろうがっ」
ひいっ!
チームリーダーの藤林さんは、声を荒げて本気モードに入っている。やばい、こわい。まあ、オーダーするときはチームリーダーに一言言えって言われていたのに、却下されるのを恐れて勝手にオーダーしてしまったわけだが、それをここまで怒るなんて。
「じゃあ大川、これ売り切れなければ全部お前が買い取れよ」
「う……」
国内メーカーならともかく、輸入版は返品が出来ないことが多い。特に、メーカーを通さず、直接外国からオーダーするものはリスクが大きいんだ。
でも、その方が良い作品は多い。まだ日本でリリースされていない作品を自分のこの手で広めたいって思うのは、音楽好きなら誰でも持ってるロマンってもんだろ? 自分が好きなCDは皆に聞いてもらいたいと思うのがバイヤーの常じゃないか。売れるさ、売ってみせますとも。
「売れなかったら、おれがぜーんぶ買い取りますから、良い場所で展開させて下さいよ!」
ふんがーと鼻息荒く、おれの奮闘が始まった。
*
売れません。
あれー? おかしいな。
「おい、大川。あのCD、一週間たった時点で四枚しか売れてねえじゃねえか」
ギクリ。来た。
PCでわざわざセールス記録を印刷して、おれの頭をペシリと叩いた。
しかもその内の一枚はおれだし、もう一枚は藤堂に買わせたやつだもんね。
「折角、大型看板のジミー・イート・ワールドの視聴器に入れてやってんのにどういうことだ。あんないいとこ入れれば、どんな駄作でも一日に一枚は売れるもんなんだよ。現に、Disc3の作品は一週間で10枚売れてるぞ」
「おかしいっすね」
「おかしいっすね、じゃねえだろうが! とにかく、来週の新譜でジミー・イートのとこに入れたい商品が入ってくるんだからな! そしたらあの目立たないとこにある、お前のパンクコーナーで売らなきゃいけないんだぞ」
「売れる気がしませんね」
「お前の今月の給料は、そのCDでパアだな」
そんな……。家賃が払えなくなっちゃう。ただでさえ切り詰めている食費がなくなってしまう。餓死したら恨むぜちくしょー。
*
「アホだな」
藤堂! 折角恥を忍んで相談しているのに。
「いくら自分が好きでも売れる売れないは別だろが。分かるやつしか分かんないマイナー受けするもんと、あんま面白みがなくても妥当でキャッチーな作品、どっちが沢山売れるかっつったら一目了然だろが。遊びと仕事は違うんだよ、ボケ」
「でも、すげえ良いアルバムなんだよ。このバンドは苦労してやっとここまできたんだ。おれ、昔から応援してたんだよ」
「知るか、ボケ。そんなこた関係ねんだよ。アルバムが良いか悪いかだろ。さてはお前、紹介文にやつらの経歴をずらずら書いたんじゃねえだろうな」
「書きました」
「お前、書き変えろ!」
おれはいそいそと、自分の書いたキャプション(紹介文)を持ってきた。
「文字ちっちぇな、読む気しねえよ。詰め込みすぎもいいとこだから、この半分の分量にしろ。あと、こいつらのバンド結成にいたったエピソードいらねえ。ヴォーカルの性格とかいらねえよ、興味ねえよ。お前本当に売る気あんのか」
「うっ……」
「あとさ、こいつらの曲って1、2曲目は本当マイナーな曲だから、聴くやつはそこを聴いていらねえって思っちゃうんだよ。マシな4、5辺りを聴いてもらうように書き変えろ」
「1、2曲目は彼らお得意の変拍子も入って、コードも独特で良い曲なのに……」
「なら、来月のお前の昼メシは水道水決定だな」
「書き直します」
その後藤堂から、「ウソでもいいから、すげえこと書け」だの「もっとテンション高くビックリマーク使え」だの言われ、できたのはおれじゃない誰かが書いたようなキャプションだった。
しかし皮肉にも売れだした。
「何冴えねえツラしてんだよ。売れてんだろ。感謝しろよ」
「だって、おれが伝えたいことはそんなことじゃねーんだもん。おれがこいつらの曲を聴いて思うのは、こう何かもやもやっとして、でも泣けるみたいな……もどかしいこの気持ち、みたいな。それをこの明るいリフと反対的な暗いメロで表しているっていう……」
「言ってることがオレにすら不明だ。あのな、好きなことを仕事にするっていうのはな、一方で犠牲にしなきゃいけないこともあるんだよ。金になんなきゃ、いくら音楽が好きでも必要ないって言われるぞ。お前、バイト時代からずっと頑張ってきたんだろ。そこら辺、もうちっと分かれ、バカ」
「そんなんわかんねーよー、うわーん」
くそう、おれはめげねーぞ。
まだ、闘いは始まったばかりなんだ。
act.2:CDショップのマドンナたち、の巻
どのジャンルにも、そのフロアのマドンナがいるもんである。
ジャズ担当の星野さんでしょ、クラシック担当の宮地さんでしょ、ダンス担当の沢西さんでしょ、Jポップ担当の寺本さん、いや鈴木さんもいい勝負か……そんで我らがロックフロア代表は矢吹ユカリだ。
まあ、女の子というものはまんべんなく可愛いもんだ。もれなく可愛いのだ。女の子というだけで、なんかもう、可愛いのだ。
そしておれは、もれなく可愛い代表、クラシック担当の宮地志穂さんに片思いをしていたのだった。
「み、宮地さんも今から休憩なんですかっ」
「うん。大川くんも?」
やったー! これで、質素な食事も100倍は美味く感じるぜ!
宮地さんの可愛い弁当箱には、ちまちまとミニトマトやうずらの卵やタコさんウインナーとか入ってる。やべえ、小宇宙がここにある。
「給料安いから、自分で作んないとキツくって」
こらあー、おれの給料は少なくていいから宮地さんの給料だけは二倍にしろー! 特別手当で、クラシックフロア空気浄化料入れろ!
「ところで、ブラームスのね……」
おれは宮地さんとお近づきになるために、クラシックも好きだとウソをぶっこいていた。何でしょうか、ブラームスって。美味しいんでしょうか。
そんなときは、適当に相槌を打ってやり過ごすに限る。
しかし、ふとおれは視線を感じ、後ろを振り返った。
--藤堂!
にやにやした笑いを浮かべている、憎たらしい藤堂の顔が見える。藤堂の隣りには、ロックのマドンナ矢吹がいた。時々、二人でこっちを指差して笑っている。てめえら、人をネタにして笑うんじゃねえ!
「今日も大川、本当笑えたんだよ。レジでお客さんの買ったCD、延々語ってんの。うざ」
「うぜ」
矢吹! こらー、バラすな! だって、おれの大好きなCDだったんだもん。あんま周りに好きなやついないんだもん。あんときはすげー興奮して、金受取る手が震えたぜ。そんで知らないうちに、このバンドの良いところとかオススメアルバムとか話しこんじゃったんだぜ。後ろに並んでたやつに舌打ちされたんだぜ。
「あはは、大川くんって本当音楽好きだよね」
宮地さん、キミは天使だ。おれのことを分かってくれるのはキミだけだ。
一方、藤堂と矢吹はチッと舌打ちをした。性悪コンビが。
ふん、お前らにおれらの幸せなひとときは邪魔させねーよ。
そんなわけで、おれはこの職場が大好きなのであった。
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