CDショップ店員になりました
act.3:ビッグタイトルの入荷日だぞ、の巻
今日は忙しいぞ。
なんせビッグタイトルが三つもリリースされるんだからな。レコード会社も色々戦略があるんだと思うが、ビッグなアーティストの発売日がぶつかるということはよくある。
おれは予約の担当も任されているのだから、もうヒイヒイだ。しかも、限定版はギリギリ枚数しか入ってこない。DVDやTシャツ、ポラロイド……ファンには生唾ものの特典が満載されているらしい、全世界1000セットというめちゃレアものだ。
始めの頃によくやった、予約を抜く前に店頭に並べて売り切れてしまう、といった失態をもう今ではすることはない。入荷してきたらプロセス(商品を納品処理する部署)さんに電話をくれるようお願いし、忘れないうちに確保。ふふ、完璧な段取りだ。
「大川、予約抜いた?」
「今からでーす」
おれはレア商品を大切に持って、予約票を貼りつけていった。
運よく入荷してきた二十枚。その全てが予約品だ。一番目に予約してきた人は半年前からで、二十番目の人でも二ヶ月前でもう打ち切った。
あれ?
予約票が余ってしまった。おれはもう一度商品の枚数を確認する。
商品は二十枚で間違いない。と、すると……
予約票を数えてみた。二十一枚。これか!
おれは枚数を数え間違えていたんだー!
どうしよう。全身の血管が凍りついた。重大なクレームになりかねない。大型店の信用もガタ落ちだ。
「どうしたんだ? 大川」
異変に気付いたのか、藤林さんが問いかける。いつもなら何かあっても「何でもないっすよー」と誤魔化すのだが、これは「早急に報告しなければまずい」と、自分の中で警報が鳴っていた。
「あ、あの……」
「今回のはレアもんだから、気をつけて管理しろよって口を酸っぱくして言ってたよな。何かあったのか?」
「えーと……」
そ、そんなこと言われちゃ言いづらいじゃないっすか……。
藤林さんは、おれの手に持っていた予約票をひったくった。
「何でこれが余ってるんだ」
「……」
「この分の商品はどこにあるんだ。二十枚しか入ってこないから、それ以降は断れって、ずーっと朝礼で言ってたよな?」
「す、すいません……」
正直に数え間違えていたことを伝えた。
藤林さんは大きなため息をつき、全店舗の在庫状況を調べ始めた。
「俺は上の店舗からかけるから、お前は下からかけろ」
「え」
「早く!」
この店の全店舗は北は北海道、南は九州まで百店舗を超す。手当たりしだい電話をかけてみようということらしい。
「藤林さーん、メーカーの方から電話……」
「代わりに用件聞いておいて」
「分かりましたー」
「ねー、やぶっちゃん、この商品のサンプルは?」
「あ、大川が……」
そんな会話を聞いていた藤林さんが指示を出した。
「矢吹、少しのあいだ大川の仕事引継いで。俺たち、ちょっと用事があるから」
「ええー藤林さん、このクソ忙しい日に戦線離脱ですかあ? 大川の手だって借りたいってのにい。だってオープンまであと少ししかないのに、まだ全然……」
「矢吹!」
「……はーい」
「加工ならレジの子に頑張ってもらって。予約は必ず抜いて。特典もな。あと、商品出せなくてもサンプルだけは全部セットして。1Fのチャート分も忘れるな」
「もー商品見つけるだけでも一苦労っすよー。プロセスごちゃごちゃで訳わかんなくなってるし。ダンスの商品とか混ざってるし」
「今日はどこのジャンルも大量入荷だから、プロセスも大混乱なんだろ」
おれはそれを横目に、少し涙目になりながら別のデスクで電話をかける。自分一人のせいで皆に迷惑がかかってる。おれは自分のアホさ加減を呪った。
*
「大川、印刷したからこれ使え」
藤林さんは全店舗の在庫状況が載っている紙を持ってきてくれた。
「一枚のところでもかけてみろよ。どうせ予約だろうけど、もしかしたらってことがなければ余ってなんかいないんだからな」
おれは「はい」と力なく呟いた。藤林さんはおれを罵ったりなんてしなかった。おれがしたことを自分がしたことのように受け止めていた。
「はい、博多天神店でーす」
「えーと、ロック担当お願いします」
「つなぎまーす」
この入荷のクソ忙しい時間に電話なのだから、みんなイライラしている。
「渋谷店、どうしたんですかあー?」
「あの、今日のレッチリの限定版なんすけど……」
「あーあれ、予約分ですよー(ガチャっ)」
やっぱりだめか。逆に、他店からも移動要請の電話がジャンジャン入ってくる。在庫二十枚なんてたくさん持っているのはウチだけだ。
「すいません。お客さんで、どうしても欲しい方がいて」
「二十枚、全部予約分です」
今のおれだって、のどから手が出るほど欲しーよっ!
電話をかけまくり、かけまくる。
皆が忙しそうに入荷に追われているのを目の前に、おれは本来ならやることのない仕事をしている。
「大川、どうだ」
藤林さんが様子を見に来た。おれは赤くチェックをした紙を見せる。
「赤いとこが予約分、あと緑のこの店舗が当日来た取り置き分らしいっす」
「滋賀の店舗か……俺の方も、新潟の店舗でひとつ余っていたけど、オープンしたと同時にすぐ売れちゃったってとこ以外は予約だったな。じゃあ、お前あと全部かけろ。俺はメーカーの人とかに掛け合ってみるから」
「は、はいっ」
藤林さんに抱きつきたい衝動。おれの上司はアンタしかいない。
もう昼休みの時間だ。でもおれたちはまだ電話をかけていた。デスクにいると、同時にお客の問い合わせも来るのでそれが作業を遅らせていた。
「ばーか」
「と、藤堂!」
藤堂が昼飯の入ったコンビニ袋をぶら下げて、おれの前を通過した。毎日骨太牛乳を飲んでいる。この骨粗鬆症未満が。ひやかしなら帰れ!
「矢吹から聞いたぞ。レッチリの予約の枚数間違えてたって」
「うるさいっ。だからおれはこうして昼も食わずにヒイヒイしてるんだよっ……」
「オレの分使えよ」
「はい?」
「正確に言うとオレの知り合いの分だけど。頼まれてたやつ」
おれは頭がスパークした。
予約を確認すると、藤堂の名前がフルネームで書かれていた。
「予約してるやつの名前すら見てないからこんな目に合うんだよ」
「でも、お前の知り合いだって三ヶ月前に予約してるじゃん……」
「いいよ。知り合いには頼み忘れてたって言うから。オレの信頼より、店の信頼だろ」
藤林さんが電話を終え戻ってきた。
「やっぱりメーカーにも在庫ないみたいだ。他店は?」
「あ、全部予約分でした……」
「藤林さん、一つ余ってましたよ。このバカが間違えてたみたいで」
「ええ? どうしたんだこれ?」
「じゃあ、メシ食いに行ってくる」
「藤堂!」
予約していたお客は、ほとんどその日のうちに取りに来た。二十一番目に予約を受けたお客もその日に取りにきていた。
通常業務が終わり、プロセスルームでキャプションを書いていると、藤堂もこの部屋でオーダー作業をしているのを見つけた。おれはゆらりと近づいて、藤堂に買ってきた毎日骨太牛乳を投げつける。
「痛えな、なんだよ。なに泣いてんの」
お前がみんなからの信頼をなくしたとしても、おれだけは味方でいてやるぜ、ちくしょう。
さんざんな入荷日だったけど、良いことも少しあったのかも。
act.4:藤堂の看病だぞ、の巻
『熱が出たから、看病しに来い』
うわ、ムカつくLINE届いてる。
今日のシフトに藤堂は休み、と出ていたので何かと思ったけど、風邪か。確かに、今は店で風邪が流行っている。
この、埃だらけの空気の悪いところで一日中駆けずり回り、ろくにメシも食えず、通常勤務が終わればサービス残業をしたりやライヴやイベントパーティーにも行って、そのあと飲みに行って不眠のうちにまた仕事、と繰り返していたら、免疫力も低下するに決まっている。
しかしムカつくと思っても、そこはお人好しのおれのこと。ライバルの藤堂がいないと、業務にも張り合いでねえしな。
しぶしぶ21時で残業を切り上げ、普段は乗らない半蔵門線に乗り、あいつのマンションがある吉祥寺へ足を運ぶ。近くのコンビニで弁当やらを買って、藤堂の部屋のチャイムを押した。
「おせーな」
でた。ムカつく態度。
「おれ、今日も残業だったんですけど。ダンスフロアと違って、ロックは忙しくてねえ」
「仕事ができないから残業することになるんだろ。忙しい忙しいって言ってるロックのやつはみんなそうなんだよ」
「てめえ、元気そうじゃねえか。おれ帰るぞ。明日も早番だし」
「まあ、入れば」
おれの怒りなんておかまいなしの自己中野郎は、風邪で弱ってるときでも減らず口は変わらない。
「おれじゃなくて女に頼めよ。どーせたくさんいるんだろ。頼めるやついないんだったら早く特定の相手作れ」
「やだよ。こんな弱ってるとこ見られたらカッコ悪い。おい、メシあるか」
「あるけど。金は二倍にして返してもらうぞ」
「おい、弁当かよ。病人に優しいもんにしてくれよ。ったくお前は本当使えねえな」
「文句言うんだったら自分で食う。てめえはフタにこびりついたタレでもなめてろ」
藤堂はおれの言葉をシカトした。
「あーもういいや、ちょっと体ふいて」
「何でおれが」
「そのために呼んだんだよ。汗すげーかいてさ、でも風呂入れねーし、びしょびしょで気持ち悪いし」
見ると、火照った顔から汗が吹き出していて、背中も濡れている。布団からは藤堂の匂いが立ち込めた。まあ、思ったよりも熱は高いのかもしれない。
「そのためって……やだよ。そんくらい自分でもできるだろ」
「思いやりという言葉を知らねえみたいだな」
「それに介護サービスみたいだし」
「おい、じじいと一緒にすんな」
おれとやり合っているうちに藤堂の体が揺れた。それを慌てて支えるとホッカイロみたいに熱い体だった。藤堂は人に弱みを見せない。でも、あんなメール送ったってことは本当に辛かったからなんだろう。
「お前病院行ったの? インフルじゃね?」
「病院行けるくらいならもう行ってる。歩くのしんどいし」
「どんだけ弱ってんだよ! これ、やばいぞ」
「だから不服だが、お前に来てもらったんだろうが、アホ」
アホは余計だが辛そうなこいつを置いてはいけない。
おれはもう一度コンビニに行き、ウィダーインゼリーやビタミンレモン、ポカリやインスタントのおかゆなど藤堂が食べられそうなものを見繕ってきた。
帰ってきたら、藤堂は布団に横になっていた。ピクリともしないので死んでんじゃないか、とおそるおそる近づいてみたが寝息を立てて眠っていた。
「藤堂、何か食え。おかゆレンジ入れてくる」
「インスタントかよ。料理も作れねえのか」
「そういうのいいから、強がってないで寝てろ」
そう言うと、インスタントのおかゆを静かに食べ始めた。食べ終わると少し顔色が良くなったみたいだ。おれも買ってきた弁当を食べていると、藤堂が赤い顔で睨んでいた。
「な、なんだよ。お前、弁当いらないって言ったじゃねえか。食いたいのか?」
「違う……」
「じゃあなんだよ。おかゆ作れなくて悪かったな。生憎おれは実家だから母さんが美味いメシを作ってくれ……」
「あ、ありがと、な……」
ありがとうだと?
こいつが礼だと?
いつも罵りはするが褒めたことなどなかったこいつが、おれに感謝していると?
「お、お前、相当弱ってんだろ……」
「ああ、そうかもしんねえ……」
目が潤んでいる。弱りすぎだ。
って、えええっ! ハグされとる!
「大川、好きだ。前からずっと大好きだった」
「どえええええっ!」
「お前といるとムラムラすんだよ。一発ヤらせてくれ」
「藤堂、お前脳みそゆだってんじゃねえかっ! 落ち着け!」
「脳みそゆだってるうちにオレのもんになりやがれ。普通じゃ死んでも言えねえ」
熱いからだを押し付けてられ荒い息が鼓膜を掠める。藤堂の骨ばった固い体は、伸び切ったTシャツから見える肩甲骨がたまらなくセクシーだった。
「元気だったらお前をヤってやりたいとこだけど、今はお前にヤられたい」
「ヤっ……てことは、入れていいの?」
「気が済むまでやってくれ」
具合悪そうだし死んじゃうんじゃねえかとも思ったが、いつの間にかおれもこの空気に毒されて藤堂とセックスしたくてたまらなくなった。
こんなことはもう二度とないんじゃないか、きっと完治したらきれいさっぱり忘れてるんじゃないか、それだったら据え膳食わぬはなんとやら。藤堂につっこめる機会なんて二度とねえ。
シャツを脱がして乳首に口付けると髪の毛を引き寄せられてもっととねだられる。乳首が固くなるにつれて股間のふくらみも大きくなり、自らおれの手をそこに導いた。
ボクサーショーツを剥ぎ取ると藤堂の形の良いモノが天を向いた。欲情したおれは、前戯を放棄して自分のパンツを脱ぎ捨てる。
「大川……お前の意外とでけえんだな……」
「今更嫌とか言うんじゃねーぞ。もう止まんないんだから」
「そんなこと言うわけねえだろ。早くくれっつってんだよ」
そんなこと言ってエロく誘うもんだから、藤堂の後ろにウィダーインゼリーをぶっかけた。男は初めてだろうから優しく押し広げていくと、藤堂は苦しそうにも感じているようだった。
「あんっ……んっ、大川っ……すごく、いいっ……早く入れろっ」
言われるがまま突っ込むと、藤堂が「くっ」と苦しそうな声を洩らした。おれの背中を強く引き寄せて痛みに耐えている。そんないじらしさが愛しかった。ウィダーインゼリーを流し込んだ卑猥な音がやらしくて、おれたちは今えろいことしてんだと教えてくれる。
おれの下で乱れる藤堂。腰を浮かせて目一杯股を広げ欲望に忠実に欲しがる藤堂。
激しい律動の中二人でキスをしたまま射精した。藤堂の尻はゼリーやら精液やらでべとついていた。そのあと一緒にシャワーに入り風呂でもヤった。終電がなくなってしまったので、今日はそのまま藤堂の部屋に泊まった。
*
「うら、起きろ!」
「あ、藤堂、おはよ……熱は下がったのか?」
「ああ、そうみたいだ。でも、何か尻が痛えんだけど……何かあった?」
「お前、覚えてないのか?」
「なんか、いい夢見てた気がすんだけど覚えてないんだよなー。肌もツヤツヤだし不思議だな」
「あ、そーなの。はは……」
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