下手くそラブソング
1・イケメン渡辺
昼休みの終わりかけ、急な尿意をもよおし、トイレに行っておこうと小走りで教室を出たら、一人の男子生徒とすれ違った。
その三秒後、忘れ物をしたかのようにおれの腕が突然掴まれ――。
「なあ、オレ、世古のことが好きだから」
「はははははいっ?」
「じゃあな」
と、颯爽と去って行ってしまわれました。
何でしょうか……。
罰ゲーム? 何かの賭け? ドッキリ?
しかし、ここは五限開始間近の学校の廊下。カメラはおろか他の生徒は皆教室へ入ってしまっているので、自分一人だけが取り残されている。
おれ、世古 健一。
顔、まあまあ。成績、そこそこ。好きな漫画は『ワンピース』。
という、何の変哲もない高校1年生。
きっとマンガの中でいえば、その他大勢と名のつく存在。
モブ。すぐ死ぬ。作者ではなくアシスタントにまかせられ、そうして出来上がるのがおれの顔。
対して先ほどの男子は渡辺 翔平……だったと思う。
挨拶すら交わしたことのないどこかのクラスの男子。
バンドを組んでおり、そこでヴォーカルを担当しているというイケメン。
女に、べらぼうにモテるといううわさ。ファンクラブもあるらしい。
マンガの中で言えば、もちろん主人公。
何度も死に掛けるが、何故か不死身。
作者が下書き、ペン入れにいたるまで技巧の限りを尽くして仕上げるのがこいつだ。
お互い、接点なし。
からかわれるにしてもそんな覚えはない。
だとすれば、「学校イチのモブキャラを戸惑わせてみる」という罰ゲーム説が濃厚だ。
そうじゃなきゃ、あんなにしっかりおれの腕掴んで、引き寄せて、驚いたおれの顔見ながら耳元で囁くはずない。
渡辺の金髪が陽に透けて眩しかった。それだけは印象に残っている。
「うーむ……」
「世古ちゃーん、どったのー? 午後からなんか変だぞ、うんうん唸ってさー。便秘?」
「……なあ、渡辺ってさ」
「どの渡辺? キンパツの?」
「うん。あいつってさ……ホモじゃないよね?」
「世古ちゃん……もてない男のひがみはみっともないぞ」
「おい、なんでそーなる」
イケメンは得だ。
いくら本当のことを言ってもおれが悪者になってしまう。
悩んでも分からないのなら単刀直入に聞くしかない。
おれは細かいことでも気になってしまうタイプなのだ。
たとえ罰ゲームであっても、こんなに目立たない自分をターゲットにした理由が知りたい。
決死の思いで奴をストーキングし、話しかける機会を伺っていたが、それに気付いた渡辺が「出て来いよ」とおいでおいでしてきた。
電信柱の影に身を潜めていたのがばれたらしい。
渡辺がニヤニヤしながら、おれの顔にガンをつけている。
怖いけど、無礼を働いたのはあっちだ。よし、ガツンといったれ!
「あ、ああああの……」
「何?」
「おれたち、どこかで会いました?」
「会いましたって……同じ学校だろ」
「そうじゃなくて、なんか、共通の知り合いとか、いましたっけ」
「世古、何で敬語なの。警戒してんの?」
「べ、別に……」
「オレが好きだっつったから?」
「ぶっ!」
一気に顔が熱くなる。
てめ、この、恥ずかしいこと言いやがって!
「ふふ、ちゃんと聞こえてたわけだ」
「どんなつもりであんな冗談……」
「冗談?」
突然壁に押さえつけられ顎を持ち上げられる。
ひええっ、殴られる!
自慢じゃないが、このゆとり世代、ろくにケンカもしたことがないってのに!
おれが覚悟して目を固く閉じた瞬間――。
「ちょっ、何す……ん!」
強い香水の匂いが取り巻いたと思ったら、柔らかなものが唇を包んだ。
ショーーーーック!
ちょっと! 男にチューされてる!
イケメンだからいっかー、なんて思ってねえから!
こいつ、殴ってやる!
このイケメンツラ思いっきりはたいてやるっ!
「ふざけん……!」
「オレ、本気だから。すげえ好きだ、世古」
*
「お兄ちゃん気持ち悪ーい」
「兄貴、キモーい」
「健一、にきびでもできたの?」
「父さん風呂入るから、どいてくれ」
外野がうるさいなか、洗面所で自分の顔を1時間くらい眺めてみたところ、案の定このブーイングだ。
しかし、わかったことがある。
どうやら渡辺は目が悪いらしい。
そう納得して床につく。
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