下手くそラブソング
3・毒薬ラバーズ
「ド・ク・ヤク! ド・ク・ヤク!」
「キャー! 翔さまあー!」
「翔さま愛してますー!」
なあに、毒薬ラバーズって……と思ったらバンド名だったらしい。
「世古ちゃん、こういうの、好きだったんだ……?」
「ごめんすまなかった土下座して謝るからほんと許してまじで」
隣の三井の顔が引きつっている。あのあとおれは嘘をついて、どうしても行きたいライブがあるので放課後付き合ってくれと無理やり頼み込んで着いてきてもらった。だって一人じゃ怖かったんだもん。
そうこうしているうちにステージにスモークが炊かれ四つの人影が出てくると、歓声は最高潮にうるさくなった。
「みんな、ドクヤクしてるかい! 今日は、俺たちの新曲『俺は愛のポイズン、君は処方箋いらずの解毒薬』完成披露ライブに来てくれてセンキューベリベリマッチ! みんな、聴きたいか!」
「オーイエス!」
「もっと!」
「オーーーイエエエエス!」
「ドクヤアアアアアアク!」
「ラバアアアアアアアズ!」
ごめん、ついていけない……。
「俺は愛のポイズンー♪ 君は処方箋いらずの解毒薬ー♪」
「ギュオオオオン(ギター) ダカダカダカダカ(ドラム)」
「俺は気ままなトリカブトー♪ 地獄で会おうぜ恥ずかしがらずに♪」
「あっ、誰かと思ったら渡辺じゃん。世古ちゃん、ここまで仲良しだったんだな! 歌上手いねー、かっけーじゃん!」
「あ、ああ……」
歌詞がまったく意味不明だけれども、渡辺はかっこよかった。渡辺が歌っている最中、あんなに嫌だったキスの思い出なのに何度も何度も浮かんでくる。おれの何を好きだというのか。こんなにすごいやつが。
わあ、歌上手いな、しびれそう。ドクヤアアアク、ときたら、ラバアアアズ、だな? ああくそ、次回に備えて練習をしてしまうということは、おれの心に何らかの変化が起きているっていうのか? いやそんなはずは、おれ男ですし……。
「君の魂を奪う♪ そう、俺は愛のポイズン♪」
ふはあ! 奪われた!
*
ライブは大成功に終わり、ラインを教えた覚えもないのに、渡辺から『楽屋に来い』と連絡が入っていた。それを三井に見られ「行こう行こう」と関係者以外立ち入り禁止と貼られた扉を開けると、ゴージャスな四人が笑顔で出迎えてくれた。
「あー、世古くん! 来てくれたのだね!」
「そっちの可愛い子は友達?」
「よし、自己紹介をさせてもらおうではないか! 俺は『毒薬ラバーズ』、リーダーのチュッパ・チャップリンだ!」
「僕はベース担当のビューティ竹田」
「オレはドラム担当のケンゴ・インティライミ」
「ちなみに、リーダーの俺と翔平はキミらとタメ、竹田とケンゴは一個上の先輩だ」
ツッコミどころがありすぎて、どこから突っ込んでいいかわからねえ。
「ほら翔平、もじもじしてないで出て来いよ。ベタ惚れラバーズが来てくれたんだろ?」
「いや、やっと気持ちが通じ合ったんだと思うと、恥ずかしくて……」
「はは、翔ちゃんはシャイだからなあ。いつもプルプルしてるもんね、チワワみたいに」
「だからいつも考えるより先にヤっとけって、アドバイスしてるだろ」
「ケンちゃん、頼りになるうー」
流れが早くて突っ込ませてくれない!
このままでは濁流に飲み込まれてゆく!
三井! 唯一マトモなのはお前だけだ、助けてくれえ!
「皆さん、オレ、すごく感動しましたー! ファンになりそーですっ」
「ふふ、そうかい。キミ、隣のクラスの三井 猫次郎くんだろ? 実は俺、密かにチェキってたんだ」
「あ、そーなんですか? なんなら付き合ってもいいですよ」
うおーい! 何もかも受け入れてるんじゃねえよ!
展開が目まぐるしく、ふらりと眩暈がして隣のチワワ並みにプルプルしたものに捕まると、それが渡辺の腕だということに気付いた。いつの間にか隣にいたことに気付かなかったので驚いてドン引きすると、渡辺はおれを指差して依然震えている。
「世古っ、お前のその手の内にあるものは……」
「あ、買ってくれたんだね! 僕たちのCD!」
そうさ買ってしまった。体が勝手に動いてしまった。毒薬ラバーズ『俺は愛のポイズン、君は処方箋いらずの解毒薬(初回限定バージョン)』をお買い上げしてしまったのだ。
「世古……やばい……嬉しくて鼻血が出そうだ」
「翔ちゃんは純情だからね。これだけでご飯三杯いけるな」
「はは、初回限定にはふんどし姿のブックレットがついてくると知ってのことだな?」
「なにそれ!」
これ以上ここに留まっていると変な流れに向かっていきそうだったので、渋る三井をなだめて家へ帰ることにした。急いで出てきたからろくに挨拶もできず、渡辺にかっこよかったことを伝え忘れてしまった。まあ、それ言ったらまた調子こくだけだから良かったのか……。あ、ライン受信音が鳴ってる。誰から……。
『今日は来てくれて、本当にありがとう』
その渡辺からのラインに、どうやっておれのラインIDを入手したのかなんてどうでもよくなって、帰るあいだ中ずっとCDジャケットの写真を見つめていた。
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