下手くそラブソング
6・翔さまは翔さまのままで
て、ことは?
あの歌を?
あの下手くそな歌を、おれのために披露するっていうのか?
おれはどうだっていいけど、あいつのファンはどう思うんだ? 崇拝してあがめているあいつのファンは卒倒してしまうんじゃないだろうか。幻滅して、もうファンじゃなくなっちゃうんじゃないのか? バンド崩壊とかファンの暴動とかおれのためにそんなこと許されるのか?
そう気付いたのがライヴ当日。
「ねえ、世古ちゃんもいくっしょー? 毒薬ラバーズのライブ」
「三井、それなんだが奴らのライブ、今日で最後になるかもしれん」
「何かあったの?」
三井が神妙な面持ちで尋ねるが、渡辺が壊滅的な音痴だということを言っていいべきか悩む。そうしているうちに、なんだか付き合うことになったらしい三井の彼氏(だと思うのだが確認はできない。こわくて)がやってきた。
「三井くんやっほー! 君がいない場所では呼吸がラマーズ法だぜ」
「あ、チャップリン」
ラマーズ法とかわけわかんないこと言ってるが、リーダーがいるなら聞いてみようか。渡辺は何故か三日前から学校に来ていないし、メールや電話をしてもつながらない。
「リーダー、渡辺は今日、ほんとに歌うんですか?」
「ん? あいつ歌ったらとんでもないことになるよ。歌うもんか」
「ですよね……」
いつものように口パクだと信じて疑わないリーダー。渡辺はおれにしか伝えていないのか。それならばおれが阻止するしかないのか。めっちゃ責任重大じゃん。
授業が終わり、ライブ開場にはたくさんのファンが「翔さま翔さま」言って胸をときめかせている。三井を先に行かせたあとは、渡辺に会いにいけないか周りをうろうろしてみる。
「翔さまの歌声さいこー!」
「しびれますわね! とろけますわね!」
「顔も良くて歌も上手いだなんて、神の申し子と言っても過言ではございませんわ!」
「……あのう、その渡辺が、もし耳が削げそうなほどの音痴だとしたら?」
彼女たちの陶酔ぶりに、そう問いかけずにはいられなかった。彼女たちは、今までの幸せな顔から一変、うんこでも見るような目つきでおれを睨み付けてきた。
「何を言っているのかしら? このミジンコ」
「身の程知らずがっ。翔さまが許しても私たちは許さなくってよ!」
「音痴な翔さまだなんて逆立ちしたって想像できませんわ」
「も、もしもだよ! 渡辺のライン教えてやるから答えてくれ!」
背に腹は変えられん。まあ、ブロックすればいいだけだし、気が向いたら彼女らとライン友達になってもいいだろう。
「翔さまが音痴だったら……泣きますわ」
「自殺しますわ」
「あんたを殺しますわ」
でえええええ!? 殺人にまで発展すんの!? 完全なるとばっちりでしょ!
うろついていたら、警備員が立つ扉の向こうに『立ち入り禁止』と書かれた扉がある。あそこに渡辺達がいるんじゃないか?
「ちょっと、関係者以外立ち入り禁止ですよー」
「どけっ、おれは友達だっ」
「それでも、許可がないと入れることはできないよー。彼らからは何も聞いてないし」
くそ、時間がない。ステージに上がったときに邪魔するしかねえのか。そこでラインの受信音がしたので「渡辺か?」と思い見てみるが三井からだった。
『世古ちゃん、どこ〜? 早くしないと始まっちゃうよー』
なら、フロアに戻らなければ。
ポケットを探って入場しようとするが、チケット……チケットがない! 慌ててどこかに落としてしまったようだ、最悪。もう、どうにでもなれ!
「ちょっと、そこのきみ、チケットは……」
「落としました!」
「無いと入れるわけにはいかないよ」
「ちょ、離せ!」
警備員の制止を振り切ってステージへ走る。ステージにはスモークがたかれて、今まさにイントロが終わろうとしていた。
「やめろーっ!」
「世古?」
観衆をかきわけてステージへ上がると、渡辺のマイクを奪った。
「おれのためにやめろよ! そんなことしなくても伝わったからいいんだよ! お前の歌、おれだけが知ってればいいじゃん! おれの前でだけさらけ出してくれればいいんだよ!」
「世古……なんで泣いてんの……?」
「おれのせいでお前が幻滅されるのなんていやだ!」
渡辺は少し驚いて、優しく微笑んだ。