下手くそラブソング
最終話・痔にはボラギノール
「渡辺え!」
「せ、世古……? なぜここに」
「お前の家はチャップリンから教えてもらったぜ! 三井経由で!」
「そ、それで何の用だ? もう二度と関わらないって約束したじゃないか」
「そこなんだがな、渡辺。おれとヤりたいならヤればいいさ……」
「え? 何、世古? 聞こえない」
「お前のそれを! おれのここに! 突っ込みたいなら突っ込むがいいさ! っつってんだこのバカっ! あーはずかし!」
通りすがりのおばちゃんたちがヒソヒソ話してんだろが。大声出させないでくれ。
「ぐすっ世古ぉ……オレの気持ち、伝わったんだな?」
「お、おう。おれ、嫌だかんな、お前とカラオケ行けなくなんの。二人でもっと練習して、一緒に上手くなろうぜ!」
「やったー!」
「ぐええええええ」
力の限り抱きしめられ、ちゅ、んちゅ、ちゅううううっ、とすごい勢いで口付けられる。おれたち、今、やらしいことしてんだ、という自覚が体を熱くさせ息ができない。キスってこんな頭ぼーっとするモンなの?
思い切り唇吸って、喉奥まで舌伸ばして絡ませて、だんだん体重がかかって、渡辺の高い鼻がおれの頬にかする。キスは耳や頬にも落とされ、その余韻に酔う頃には首筋の刺激に身悶えた。あ……気持ちい……くび。舐められるとくすぐったいけど、すごい気持ちい……。
「家、誰もいないんだ……上がってくれるよな?」
「あ……うん……(赤面)」
――しかし。
「ひっ、い、たいっ……! 痛いっ、渡辺!」
「大丈夫、慣れれば大丈夫だから」
「違うっ! 痔が悪化するっ!」
「世古、痔だったの!? だ、大丈夫! ボラギノール塗ってあげるね!」
「い、イタタタ、いたい! 自分で塗る!」
そうそう、おれは爆弾を抱えていることを忘れていた。
ストレスで便秘になり、痔になってしまっていたのだ。
最悪な初体験だった。
*
「世古ちゃーん、今日体育休み?」
「ああ、ちょっとな……」
次の日、体操着に着替えないでいると三井がにやにやしながら何か感づいたらしく、「世古ちゃんも大人になったのかー」と独り言言っている。
違うから! 痔が悪化しただけだから!
まあ、歩くたびにケツ押さえてちゃ、そう思われても仕方ないんだろう。それでも押さえずにはいられなかったのだ。サッカーなんてやったらケツが裂けるだろう。ましてやボールがケツにぶつかった日にゃあ……考えただけで身震いする。
その後の授業も座布団が欲しいくらいにケツがうずいた。
待ちに待った昼休みは渡辺もチャップリンも一緒に中庭で食べることにした。
「世古が痔なのに挿入させてくれようとした……オレ、そこまで愛されていたなんて……」
「お前、食事中にそぐわないこと言うな」
「世古ちゃん、やっぱ便秘だったんだね」
「はは、我慢はよくないぞ。学校だからといって恥ずかしがらずに個室に入る勇気を持とう! 周りの目なんか気にするな!」
こいつら……おれのケツ事情以外で盛り上がるネタはねえのか!
「そういえば、毒薬ラバーズ無期限活動休止なんだって? リーダーのチャップリンがコメディアンに転身するかもしれないからって」
「ふふ、新たなる可能性を見つけてしまってね……天才って怖い」
「あのショートコントは秀逸だったもんねっ」
そうか、これで渡辺の歌の下手さはファンに知られなくてすむ。
ナイスだチャップリン。
「でもさあ、君たち、両思いになってよかったねー翔平は俺にも相談してたんだよー」
「へー? じゃあチャップリンは何てアドバイスしたの?」
「それはだな、押してだめなら引いてみろってあるだろ? もう二度と関わらないと告げ、話すのを我慢するんだ。そしたら、世古みたいなお人よしで頑固な奴はこれで簡単に落とせる」
「おい! お前に踊らされてただけかい!」
*
そんなこんなで付き合うことになったおれたちだったが、学校帰り二人で歌うのは楽しかったし、渡辺はやさしいしかっこいいし、おれのこと大事にしてくれる。
笑顔が増えた。自分に自信が持てた気がする。誰かに愛されてる安心感、そんなようなものをもらってる。
弟と妹に悪口を言われたら、「はいはい、そーですかー」とスルーできる気持ちの余裕もあるし、歌が下手でもそれが嬉しかったりする。
カラオケBOXの中で二人、こうして笑っていられれば。
「世古……」
「なんだ?」
「痔が治ったら、ちゃんとしような」
「ははっ、ばーか」
隣で聴く、下手くそなラブソング。
別に上手くなくてもおれは好き。
【おわり】
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