くまの熊野・3

くまの熊野

くまの熊野・3

 

 家に帰ると「せんぱい、先お風呂入ってきなよ!」と、スーパーの袋からジャガイモを取り出しながら言うので、熊野の言うとおり風呂に入ることにした。しかし、ぬいぐるみが料理なんてできるのだろうか。ぬいぐるみの大きさは50センチくらいなので、小型犬と同じくらいの大きさだとしても包丁とかちゃんと扱えるのだろうか。

 心配になって脱衣所からキッチンへ移動すると、シンクの中に立っている熊野が野菜を洗っているところだった。

 

「熊野、俺に何か手伝えることがあれば言ってくれ」

「せんぱいっ、大丈夫だよ! おれ、できるよ!」

 

 そうは言っても、熊野の足は水が跳ねて濡れていた。俺は熊野をシンクから抱き上げると隣のガスレンジへ置いた。そして、洗ったあとの野菜を熊野は、ぬいぐるみがやったとは思えないほど器用に皮をむいた。

 

「上手いな」

「へへっ」

「鍋、こんなんしかないけど平気?」

「平気だよ。なんかこういうの、新婚さんみたいだねっ」

 

 熊野は可愛いな。くまのぬいぐるみが本当の熊野なんじゃないかって思うほど本当可愛い。後ろから頭を撫でると、熊野は恥ずかしそうに俺をチラ見したがされるがままになっていた。

 

 「あとは一人で大丈夫だよ!」と言われたが、念のためリビングで待機していた二十分後、熊野が大きな声で叫んだ。

「せんぱいー! ごはんできたよー!」

 

 小走りでやってきた熊野は、いい匂いのするほかほかのカレーライスを俺に手渡した。美味そうだ。

 

「熊野家ではね、カレーにナスを入れるんだよー! せんぱいはさっぱりした方が好みだと聞いたので、熊野家式カレーライスをどうぞ! おかわりもあるよ!」

 

 こってりしすぎないで美味しい。でも、水っぽくはなく味はしっかりしている。細かく刻まれたニンニクがまた食欲をそそり、俺はあっという間にたいらげた。それに、彼女と別れてから手料理はほとんど口にしていなかったのでありがたかった。俺は自分が料理をできないので、好きなタイプはと聞かれたときにはいつも『料理が出来る子』と言うくらい手料理が好きなのだが、自分で作ったまずいものを食うよりかは外食をする方がマシだった。そのおかげでバイト代はいつも家賃と食費に消えてしまう。

 

「熊野、美味かったよ。ありがとう」

「へへへー、せんぱいに喜んでもらえてよかったー」

「お前は食べないのか?」

「うん、ぬいぐるみだしねっ。お腹も空かないんだよー」

「そうか……」

 

 残ったカレーはタッパーに入れて、洗い物をしたあとに風呂に入る。俺はふと、熊野の手についていたカレールーを見て「お前も来い」と抱き上げた。

 

「おおお、おれは平気だよっ! だってぬいぐるみだしっ」

「汚れてるし、洗濯機でぐるぐる回すわけにはいかないだろ。それにぬいぐるみになっても、風呂は気持ちいいと思うぞ」

「せ、せんぱいが、いいなら……」

 

 何を遠慮しているのかわからないが、俺が服を脱ぐ間、後ろを向いた熊野はもじもじして所在なさげにうろうろしている。熊野を抱えて風呂に入ると、まず湯をかけて熊野を濡らした。毛にはじかれるので、何度も何度もかけて体を濡らしたら「ふー」と気持ちよさげにため息をついていた。次はボディソープをポンプで手に出した後、頭につけてわしゃわしゃ洗う。

 

「せんぱい……気持ちいい……」

「そうだろ? お前も元は人間なんだから一日一回風呂に入った方がいいぞ」

 

 頭を洗い終えると今度は体だ。カレーが跳ねたところを重点的にもみほぐして、全体に手をすべらしてゆく。

 

「せっ、せんぱっ、あのっ、くすぐったい……」

「悪いけどがまんできるか? 汚れがよく取れなくて」

「あっ、そこ、触られると……おれっ、あっ……」

 

 胸の辺りに飛び散ったカレーはなかなか落ちない。今度洋服でも買ってこよう。でも、ぬいぐるみの洋服とか売ってんのか? ペット用のならあるか。三着くらい可愛いのがあればいいけど。

 熊野は肩を震わせて声を堪えている。くすぐったいだって? ぬいぐるみになっても感覚は残っているんだな、興味深い。まあ、あんまり意地悪するのもあれなので、カレーが取れたら潔く手を離してあげた。そのあと、湯船の中に入れてあげたらこれまた目を細めてため息をついている。それから俺は髪と体を洗い終わり、一緒に湯船に浸かろうと立ち上がった瞬間、熊野が後ずさった。

 

「熊野?」

「あ、せ、せんぱっ……おれ、幸せすぎてっ……」

「? え、熊野?」

 

 熊野は湯船にブクブクと沈んでいった。

 

 

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