無常の花・1

無常の花

無常の花

【第一章 百花斉放 ~魅せる花~第一話】

 

十八時三十分、代々木体育館。

ライヴが始まる三十分前とだけあって人の流れがあわただしい。大人気の来日アーティストのチケットはもう売り切れていて今日は満員なはずだ。しかし、おれはその流れから外れてひとりポツンと会場付近の人ごみを見やった。

 

「チケット買うよー」
「チケット余ってない?」
「チケットあるー? 売るよー」

 

ダフ屋がたくさんいる。

おれは一代決心をして、チケットを手に入れようとしていた。
どうしても観たかったこのバンドのライヴ。でも、買おうと思ったときにはすでにチケットは完売していた。
もたもたしているうちに当日になってしまったので、もうダフ屋で手に入れるしかない。

それでもおれは勇気が出ず、様子を見るためにうろうろと徘徊していた。

 

「早くしないと始まっちゃう!」

 

何名かがばたばたと通り過ぎて会場へと吸い込まれていった。

その光景に危機感を覚えて、大声を出しているダフ屋集団に視線を戻す。

どの人から買えばいいのかな。おじさんだと何か怖い。あ、あの若い男の人はどうだろう。

年配の人に混じって金髪の若い人がいることに気付き、少し安心してゆっくりと近寄った。愛想良く笑顔で客引きをしているのも、警戒心が解けた理由だった。

 

「チケットなかったら売るよー」
「売って下さい」

 

後ろから声をかけると、その人はあどけなさを残した笑顔で振り向いた。同い年くらいだろうか。

 

「えーと、おれこういうの初めてで……いくらくらいするものなんですか?」

 

そのあんちゃんは、なぜかおれを見ると、きょとんとした顔で固まった。

おーい、と目の前で手を振ると「あ、ああ……」としどろもどろしたが、くしゃっと笑った。気持ちのいい笑顔だ。

 

「えと、いくらするんですか?」
「待て待て、声でけえ。こっち来て」

 

腕を捕まれて近くの建物の陰に移動し隠れて交渉する。
そのあんちゃんは笑顔でピースを作ってみせた。

 

「これでどお?」
「え? に、二万円? 元値五千円だぞ?」
「オレの持ってる席で一番良い席だ。それで嫌なら……一万五千円でスタンド席かな」
「おれ一万二千円しか持ってないんです……ちょっとコンビニで下ろしてきてもいいですか?」
「えーそんなヒマないよー。誰かに売っちゃうよー」
「そんな……少しのあいだでいいから、ここで待っててもらえませんか?」

 

 

あんちゃんは「んー」と言いながら顔をしかめた。おれの顔をチラチラ見ながら、どうしようか考えているようだ。

 

「そんなに観たい?」
「観たいですっ。おれすごい観たいんですっ、お願いしますっ」
「そんなに観たいのかー。どーしよっかなー」
「もう、大好きなバンドなんですっ、でも、発売日のことすっかり忘れてて、売り切れって知って本当ショックで……」

 

そう、ショックだった。
おれは、どこかぼんやりしているところがあるらしいのだ。

 

「わかったよ」

 

押し問答が続いたのち、あんちゃんは無邪気に笑った。おれもホッとして顔がほころぶ。このままだと開演時間が本当にやばい。チケットを手に入れたら全速力で会場に向かわなければ。

 

「けど、条件がある。オレと友達になって」
「へ?」
「お前の好きなバンドのこととか……何でもいーや。オレに教えて? お前が楽しいと思うこと全部教えてくれないか。オレ春山孝太。孝太って呼んで」
「え、ちょ、ちょっと待って……」
「嫌か? やっぱりオレが組のもんだから?」

 

え? ダフ屋って暴力団の関係なんだ。確かに一応犯罪だもんな。そういえばライヴの周りで売っている違法のグッズを販売している屋台もその関係だし、テキ屋もそうだと聞いたことがある。
できればそんな危ないやつなんかと関わりたくなかったが、ハルヤマ……コウタだっけ? 孝太は悪いやつには見えなかったし害はなさそうだった。教えてって言ってもメールで送ればいいんだろ?

 

 

「いいよ。じゃあLINE教える……」
「本当にいいの? わーい! じゃ、オレ先に受信するな」

 

LINEを交換すると、おれは財布から全財産取り出し孝太に渡した。

 

「お前本当にそれしか持ってなかったんだな。ははは、この正直者。お前に免じて一万円でいいよ。はい」

 

孝太はチケットを押しつけて自分の持ち場へ戻っていった。おれは深く考えることなく、急いで会場へと向かう。

そこで、席の番号を確認しようとよくよく見ると驚いた。チケットはアリーナ席の前から数えた方が早い席だ。
めちゃくちゃ良い席じゃん!
その日のライヴは今までにないくらい白熱して、おれは心から孝太に感謝した。
生涯、このライヴを忘れることはないだろうな。

 

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