無常の花・15

無常の花

無常の花・15

【第三章 落花流水 ~堕ちる花~ 第一話】

 

 

お前はあいつを守りたいと思ってるんだよ――

 

家に着いてからもその言葉が頭から離れなかった。

今まで、守るということは強い者が弱い者に対してすることだと思ってた。孝太はおれより強いし年上なのに、そんなこと思うなんておかしい。

それに、おれに誰かを守れるなんて思っていない。ましてや、怖いヤクザ相手に冗談じゃない。ずっと誰かに守られて生きてきたおれが、そんなこと出来るわけがない。

ふと、窓から柿の木が目に入った。庭の中でも楓の紅葉はまだ先なのに、柿の果実はたわわに実っている。赤く熟れて地面でぺしゃりと潰れているものもあり、小鳥たちが甘い蜜を求めて実をついばんでいた。

柿ならいいかも。それに食べ物の方が嬉しいかもしれない。今度はリンゴと柿を持って行こう、花が散るまでに。

……何、延々と孝太のことなんて考えてんの。それに花が散ることにこだわりすぎだろ。
くそ、花なんて持って行かなきゃ良かった。もっと、ずっと使えて、それでいて楽しいもの……。マンガとかでいいんだ。普通そうだよな。花なんて女の子に贈るもんだぞ。それにそんな恥ずかしいもの、簡単に贈れるもんじゃない。それこそすごい好きな子にしか……。

違う、お見舞いの花はまた別ものだ。
身体に熱が籠るのが分かり、ベッドの上に手足をだらんと投げ出した。秋だというのに蒸す日だ。

 

 

次の日、貴洋が襲われたことを孝太からの電話で知った。

 

「あいつ、今日もう一度ワビ入れに来たんだ。でも、丁度刈谷が……」

 

腹と背中を刺されたあげく、肋骨を折られ病院へ搬送されたと語った。
刈谷とその子分と鉢合わせになった貴洋は、孝太の腹を刺したのは自分だと言ってしまったらしい。貴洋が帰ろうと部屋をあとにしたところ、静かに刈谷たちも後に続いて出ていった。

孝太が慌てて医者に見に行かせたが、血痕が点々とあるだけで、そこにはもう誰もいなかった。何時間かあとに少し離れた路地裏で発見されたときには、出血多量で意識がもうろうとしている状態だった。あと少し発見が遅ければ命が危なかったという。

おれは自分の軽率さを呪った。刈谷は、孝太に傷をつけたり、近づいたりする人間は許さない。そう警告していたのを、身をもって体験したじゃないか。巻き込んだあげく命まで危険にさらすなんて、おれは誰かを守れるような人間じゃないよ。おれは危険を察知できないグズ野郎なんだ。そして、近くにいる人間を道連れにしてしまうんだ。

 

「優樹のせいじゃないよ。オレがいけないんだ。オレが、あいつに言っとけば良かった……」

 

何も言えずにすすり泣くおれに、芯のない声でささやいた。いっそ「お前のせいだ」と罵ってくれた方がどんなに楽だろう。

 

「だから、優樹はもう来ちゃだめだ」

 

その言葉に、ますます胸が痛くなり、次の日は家から出られなかった。
それに、貴洋が心配で病院に行こうと、謝りに行こうと思っていたけど、どんな表情を向けられるのかが怖くて一歩も出られなかった。

貴洋が受けた恐怖を想像しては心が震えて、鋭いナイフが人の肉に突き刺さる様を描いては手の傷が疼いた。
こんな切り傷でも手のひらが引き裂かれそうな痛みなのに、内部まで刃が到達するとなると、どれだけの苦しみが伴うのか。

夜のニュースで貴洋の事件がやっていた。暴力団組員が一人捕まったらしいが、刈谷ではなかった。

こうやって、罪を下っぱに被せて、自分はのうのうと生きてるんだ。あいつがやれと言ったら、どんなことでもやらなきゃいけないんだ。だから孝太も逆らえないんだ。立て付いたあとの報復がどんなものかは分からない。でも、きっと無事で済まされることじゃないんだ。

そのとき着信があった。孝太からだ。

 

「ニュース見た? 現場、思ったよりひどかったな……。貴洋のとこ行ってきた?」
「……」
「行ってやれよ」
「でも、貴洋はおれを恨んでるんじゃないかって……」

 

「バカだなー」と孝太は少し笑った。

 

「あいつがお前のこと恨むわけないじゃん。行かない方が恨むって。きっと、今すげー不安だと思うぜ。入院中って、なんつーか、メンタルが弱くなるから。いらないこと沢山考えてると思う」
「そうかな……」
「うん。オレだって、あんときすげー嬉しかったんだ。初めてあの病室に来てくれたとき。あの医者が優樹が来たことを知らせてきたとき、すげー嬉しくてたまんなかったんだ。でも、それと同時にお前にしたこと全部、すごい罪悪感が込み上げてきた。会わせる顔なんてないって思った。オレ、あんときほど自分が嫌でたまらなくなったことなんてない」
「そんな……」
「お前がそれでも病室に入ってきてくれて、無事で良かったって心配してくれて、本当はオレ……泣きそうなくらい嬉しかったんだよ。あんとき、オレ、またお前のこと好きになった。今でもずっと好きだ。大好きだ、優樹」

 

その響きは、お腹の傷のせいなのか、それともおれに話しているからなのか。
繊細で優しい声色は、電話を通しても失われはしなかった。

 

 

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