無常の花・16

無常の花

無常の花・16

【第三章 落花流水 ~堕ちる花~ 第二話】

 

次の日、勇気を出して貴洋のお見舞いに行った。孝太の病室とは正反対に、清潔で明るい部屋に貴洋は入院していた。

 

「ごめん……」
「別に、お前のせいじゃねえし……」

 

呼吸器をしながら、薄目を開けて答えてくれた。息をするたびにマスクが白く曇るのが見えた。

 

「それに、俺なんていなくなった方が良かったんじゃねえの」

 

その言葉に悲しそうに見つめると、「嫌なこと言ってすまん」と貴洋は訂正した。

 

「おれは貴洋がいなくなったら、悲しくてたまらないよ……。こんな目に合わせて良いことなんてないけど、それでも生きてて良かった」
「まあ、気にすんな……それにしてもあいつら、やっぱ外道だぜ。だから優樹、お前がもしすまないと思っているなら、俺の言うことを聞いてくれ」
「聞くよ。どんなことでも聞いてやる」

 

その瞬間、ぼんやりしていた貴洋の瞳が意思を持った。

 

「あいつとは、もう今後一切関わるな。お前、殺されるぞ。あの親玉みてえな奴、あいつに近づく奴は許さないって言ってたんだ。あいつらおかしいよ、頭おかしいんだよ」

 

そのとき、ふとパーツが組み合わさった。孝太が一人だった理由、知らないあいだに怖がって逃げられる理由は、刈谷たちのせいなんじゃないかって。
そうしてどんどん一人になって、拠り所は刈谷しかいなくて、逃げるに逃げられず、誰にも悲しみを見せずに生きてきたんじゃないだろうか。

 

「優樹?」

 

貴洋はおれの返事を待っていた。じっと一点を見つめるおれの顔を伺っている。

 

「なあ、貴洋。おれ、前より強くなったって言ってたよな」
「あ?」
「おれには守れないだろうか。もっともっと強くなって、お前も孝太も守れないかな」
「はあ? お前までヤキ回ったか? 第一、お前ケンカなんかしたことねえくせに」
「暴力以外で彼らに伝えられること、あると思うんだけど……」
「もういい加減にしろよ! お前、俺を怒らしに来たのかよっ、お前は優しいかもしんないけどな、頭の中お花畑ってお前のことだぞ!」
「貴洋……」
「それになあ、そんなお綺麗なお花畑を誰よりも汚したいって思うのが、あいつらだ。あいつらの前でそんなこと言ってみな。笑われてぐしゃぐしゃにされてポイだ」

 

そんな……ことない。孝太の苦しみ、悲しみが伝われば、きっと刈谷だって分かってくれると信じてる。刈谷は孝太が嫌なわけじゃないんだ。だったら、可哀想って思うはずだ。自分がそんな気持ちにさせてるって気付いたら、そう思わない方がおかしい。
だって、そんな絶望的な世界があるなんて信じたくない。孝太がそんな世界にずっといただなんて、思いたくない。

 

 

「だから刈谷にさ、こういうのやめて下さいって言えば、分かってもらえると思うんだけど……」

 

昨日と同じく、二十一時過ぎにかかってきた電話で、おれは提案した。聞けば二十一時過ぎになると、あの医者が自宅に戻り孝太は一人になるらしい。まあ、自宅はあの雑居ビルの中にあるとのことなので、何かあればすぐ来てくれるみたいだが。

 

「ははは、何それ」
「笑い事じゃない。真面目に考えろよ。いっそ、ヤクザなんて辞めるって言えよ。そしたら刈谷だって、そんなに嫌なんだなって気付いて優しくしてくれると思うんだ。だって、孝太のことを気に入ってるんだろ?」
「……優樹さ」
「なに?」
「マジうける」
「人がせっかく真面目に考えてるのに、怒るぞ」
「何でそんな考え方できるの? そういえば、刺されたとき逃げたのだって、別に貴洋のためじゃないぜ? お前にかかればどんな悪人でも良い奴になっちゃうんだな」
「ばかにすんなよ……」

 

おれが少しむくれると、孝太は一呼吸おいて声色を変えた。何かを思い出しながら、どんどん沈んでくような声だ。

 

「孤独のときってさ、どんな居場所も言葉も欲しくなるんだ。そんなとき、刈谷がオレを拾った。それからずっと、オレはあいつと一緒だった。オレがお前に抱いてるような感情とは違うと思うけど、あいつがすることはすべて正しいと思ってたし、あいつを好きだった時期もあった。オレはそこまで壊れていたんだ」
「……」
「出所して、金も仕事も知り合いもねえし、生きることとか何もかもイヤになってヤクに走って、寒い新宿の街であてもなく彷徨っていた。早く暖かい場所に行きたかった。いっそ死んでも構わなかった。そんくらい、心も体も冷えきってたから」

 

窓からひやりとした空気が髪を揺らした。今日は月が出ていないし、秋らしく少し肌寒い。

 

「なあ、オレの話聞いてる?」
「……話したあと、悲しくなるんじゃないか? おれが、キズが治ったらって言ったのは……その、大事なことみたいだから、孝太の隣で聞いてあげたいって思ったからだよ」
「え?」
「孝太がおれと会ったときに話してもらえればって……深い意味はないよ。ただ……孝太が悲しいと、おれも悲しいよ」

 

孝太はいつも通り笑った。おれも「なんだかな」と口先で少し笑った。実際は笑顔なんて作れなかった。

 

「優樹が隣で聞いてくれんの?」
「えっと、うん。明るくて暖かい場所で。刈谷にも見つかんない場所、おれが連れて行ってやる」
「本当か? 嬉しいな……」

 

海が見えて、山が見えて、花が沢山咲く場所へ連れて行きたい。
孝太が知らない世界をたくさん見せてあげたい。その顔を隣で一番最初に見たいんだ。
きっと孝太は零れんばかりの笑みで喜んでくれるに違いない。

 

「でも、優樹といるならどんな場所でも構わない。寒くても汚くても、お前がいるならどこだっていい。オレ、こんなクソったれの渋谷の街だって好きになったよ。いや、それを言うならこんな世界でも……お前がいるって思うだけでオレは、今、生きてて良かったと心から思う」

 

孝太は続けて「あのとき、死ななくて良かった」とつぶやいた。

 

 

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