無常の花・17

無常の花

無常の花・17

【第三章 落花流水 ~堕ちる花~ 第三話】

 

停学期間が明け大学が始まり、おれは学校中でヒソヒソ陰口をたたかれていた。貴洋の入院のことも、大学に来たヤクザがらみのことなんじゃないかって、色んな推測をされていた。まあ、当たってるから弁解も出来ないけど。
そんな人たちに対応していると、いつしか疲れてきた。いつもいた貴洋もいないし、みんなと一緒に騒ぐ気にはなれなかった。

 

「優樹元気ないな」

 

やっぱり二十一時以降来た孝太からの電話。いつもと同じように話していたはずだけど、孝太に見抜かれてしまった。

 

「そんなことないよ」
「嫌なことでもあったか?」
「だから元気だって」
「優樹のことなら大体分かるよ。それに、花も元気ないし」
「しおれた?」
「うん、散ってる。もともとこの花は散るのが早いってあの医者が教えてくれた」
「そっか」

 

おれは、庭をチラリと見た。月明かりの下、黒々としたシルエットだけが確認できた。

 

「今度は柿を……いや、やっぱり何でもない」
「柿?」
「いや、食べるかなと思って」
「何で」
「庭の柿があるから。食べ切れなくて困ってるし。あの、腐っちゃうよりかは」
「庭に柿の木なんてあんの? 金持ちだなー」
「いいから、好きかって聞いてんの。それともリンゴがいいか? メロンか?」
「好きだよ、全部」
「あ、じゃあ……」
「でも、オレ外出できないや。優樹はここに来ちゃダメだし」
「あ、ああ、そっか。それもそうだよな……。だめか……」

 

何この奈落に突き落とされたみたいな感覚。
すごい残念がってるんじゃん。
なぜか孝太と会えないことに、すごいダメージ受けてるんですけど。

 

「そんならさ、あの医者に駅まで取りに行かせるよ」
「あ、うん」

 

じゃあ、明日渋谷駅に持ってくから、と電話を切ったあと、何だかすごく寂しくなった。それと同時に恥ずかしくなった。
しょうもない口実で、自分が会いたがっていることに気付いてしまったんだ。

次の日、大学が終わると渋谷駅へ向かった。あのガタイのいい医者が、渋谷駅前の喫煙所で煙草を吹かしながら待っててくれていた。

 

「すいません。わざわざ」
「いいや、こんなことくらい大丈夫だよ」
「これ、うちで採れた柿です。孝太と食べて下さい。あと、これ孝太に……あ、プレーヤーありますか?」
「あるよ。ヘッドホンも」
「CDあるんで渡してもらえますか?  夜、一人だとつまんないんじゃないかと思って」
「はいはい。きみは、本当に孝太のこと思ってくれてるんだねえ」
「え? ……はい」

 

「はい」でいいよ、もう。孝太が嬉しくなるなら、何だってしてあげたいんだよ。
渋谷の道玄坂の向こうに孝太がいる。
いつか、刈谷から解放されたら、堂々とここで会おう。

夜の電話で、思ったとおり孝太は喜んでくれていた。

 

「優樹、サンキューな。柿な、医者がむいてくれたよ。美味かった。それにCDも」
「良かった。CDは、リラックスできる方がいいと思って」
「夜、お前の夢見れそう……」
「見れるわけないじゃん」
「優樹に、夢でもいいから会いたい」

 

その言葉に胸がちくちくした。

 

「……夢でいいのかよ」
「え? 聞こえなかった、もう一回言って」
「な、何でもないよ」

 

少し会話が途切れた。ついつい出てしまった本音が聞こえてなかったのは本当かな。
孝太は、今どんな表情で何を思っているのだろうか。反対に、孝太はおれが何を考えていると思っているのだろうか。

 

「ほんとはな、足引きずってでも会いに行きたい。刈谷に見つかったとしても、オレが殴られるだけで済むのなら、会いにいきたいよ。絶対に優樹の嫌がることしないから、そばにいれるだけでいいから……」

 

「おれも……」と言いそうになって、慌てて口をつぐむ。

 

「そ、そんな無理されたって、こっちが困るんだよ。そうだ孝太、もっとおれにしてほしいことないか? 何か必要なもんがあれば、また持ってってやるよ。あのおじさんがよければ」

 

孝太は少し考えて「実は、あるんだ」と答えた。

 

「オレん家から着替えを持って来てほしいんだけど。こんなこと優樹にしか頼めないし……」
「いいよ」
「ありがとー。携帯で地図送るから、一応着いたら電話してな」
「わかった。着替え、早い方がいいなら明日、大学のあと取りに行こうか?」
「そうしてもらえるとすげー助かる。鍵は大家さんに郵便受けに入れてもらうように頼んでおくよ」
「うん」
「優樹、愛してる」

 

もう、否定もできないなんて。

 

 

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