無常の花・2

無常の花

無常の花

【第一章 百花斉放 ~魅せる花~第二話】

 

次の日、おれは昨日のライヴのことを大学の皆に自慢していた。

 

「そのダフ屋が良い人でさ、アリーナのこーんな前だぜ、信じられるか? あ、おばちゃん、ネギ抜きでお願いします」
「へえ、良いヤクザもいるんだな。あ、貴洋たかひろ五百円持ってねえ? 細かいの全然ないわ」
「ほらよ、トイチで返せよ。でも良い奴だったらヤクザなんてやってねえだろ。気いつけろよ、優樹はボケっとしてんだから。自分の大好きなライヴのチケットの発売日忘れてるくらいだもんなあ」
「そのことは言わないで……。あ、電話だ。貴洋、おれのラーメンよろしくっ」

 

着信を見ると孝太からだった。ちゃんとお礼を言いたいと思ってたからちょうど良い。

 

「もしもし」
「セガワユウキ? わー繋がって良かった。元気か?」
「元気元気。あ、昨日はありがとうございました、すごい良い席だったよ。もしかして渡すの間違えた?」
「いや、わざと。お前に喜んで欲しかったんだあー」

 

受話器の向こうで、ケラケラとした明るい笑い声が聞こえた。

 

「うん、めちゃくちゃ嬉しかったよ、マジでありがとう。お金、ちゃんとその分払うからさ」
「そんなのいいよ。それよか……セガワ」
「なに?」
「いや、優樹。なあ、これからどっか遊び行かない?」
「おれ今、大学でご飯食べるとこなんだけど」
「そっか……どこにあんの? 大学」
「市ヶ谷」
「ふーん、分かった。じゃあな」

 

孝太は残念そうな声を出したがしょうがない。おれはまだ授業があるんだから。
学食の席に着くと、おれはネギ抜きのラーメンをすすった。

 

「昨日のあんちゃんからだった。なんかすごい良い人」
「でも変な奴だな。友達になってくれだなんて」
「優樹、間違っても暴力団にだけは誘われても入るんじゃねーぞ」
「こんなチキンな奴、頼まれたって入んねーよ」
「入っても役立たねーだろ。せいぜい鉄砲玉に使われて死ぬのがオチじゃん?」

 

皆勝手なことを言っている。
それにしてもヤクザね……どんなことして暮らしてるんだろう。
親は、友達は、彼女は?
どうして暴力団なんかに入っているんだろう。
無意識に、能天気な孝太の声を何度も思い返している自分に気づいた。

ラーメンを食べ終わると、ひとり移動する。おれだけとってしまった哲学の講義だ。
ああ、何でとってしまったんだろう。ゼノン、プロタゴラス、アリストテレス……うう、眠い。
襲ってきた眠気に、たまらず机に突っ伏したら携帯がブーブー鳴っていた。確認すると孝太からのメールだった。

 

『大学来ちゃった』

 

は?
慌ててメールを返す。

 

『何しに来たんだよ』
『まあまあ、お前は授業してていーよ。ちょっと見学してるから』
『いやいや、お前どこだよ。正門の前で待ってろ。行くから』

 

眠気も吹っ飛び、気分が悪いと嘘をついて慌てて教室を出ると、門の前で孝太は手を振っていた。

 

「へへ、ちょっと大学って興味あって。オレ、学校なんてちゃんと行った覚えないから懐かしくなっちゃって。すげーな大学って」
「え? 行ってないの?」
「うん。小学校は途中から行けなかったし、中学校はグレてたし、高校はこの世界に入ったから行ってねー」
「高校のときからこの世界なのか?」
「うん。だって、それしか選択肢ねーもん。早く親戚の家から出たかったし、一人で生きていきたかったから。あの家には居場所なんてなかったんだ。あの頃は本当辛くてさー。周りのダチもそんな奴らばっかだったから、皆自分のことで精一杯で弱音なんて吐けなかったしいー」

 

おれが言葉もなく見つめると、孝太はにやっと笑った。

 

「お前って本当いい奴だよな。可哀想な奴だなーって思ってんだろ。そうだよ、オレ可哀想な奴なんだー。もっと同情して?」

 

孝太がはしゃいだように言う。なんだか小学生みたいだ。自分の感情だけで突き進む、そんな感じ。
それはきっと、今言ったように学校に行ってないからかもしれないと思った。
外見も、大きな二重の瞳に眉毛まで見えるくらい短くカットされたベリー・ショートが子供っぽさを演出していた。明るくブリーチされた髪は根本が伸びて黒色をのぞかせている。
もしかしたら、おれよりも年下かもしれないから、子供っぽいのかもしれない。
そんな風にグルグル考えているおれを横目に、孝太はニコニコしながらおもむろに煙草を取り出し火を点けた。

 

「孝太、喫煙場所じゃなきゃだめだよ。ていうか何歳だよ……」
「お堅いこと言いっこなしって。悪いけど、オレもう二十二だから。よく高校生に間違われんだけどさー」
「あ、年上なんですね」
「は? なに敬語になってんだよ。優樹は? 優樹は何歳?」
「今年二十歳です……」
「あん?」
「二十歳……だよ」
「よし、良い子だ。このままばっくれよーぜ。オレ、バイクで来たから」

 

強い力で腕を引っ張られて校門を出る。
意外と強い力。ヘラヘラと笑う孝太からは想像もつかなかったし、振り払おうと思ってもビクともしない。
それに、さっきの睨んだ顔が怖かったので嫌だとも言えなかった。

どうしよう。「気いつけろよ、優樹はボケっとしてんだから」とさっきの貴洋の言葉が頭の中でこだまする。
しかし、ヘルメットを渡されたので仕方なくバイクにまたがった。それを見届けて、すぐさま大きなバクチクみたいな音をたてて孝太はバイクを走らす。
すごいスピード。落ちたらお陀仏だ。孝太の背中に顔をうずめ、その腰に必死にしがみ付く。赤信号で停まるたびに何度逃げてやろうと思ったかしれない。

 

「こわい?」

 

はははーとおちょくるように孝太が叫ぶ。
こえーよっ! おれはジェットコースターもお化け屋敷も苦手ののみの心臓の持ち主なんだよっ。それを人はチキンだとか女々しいとかいうけど、苦手なもんは苦手なんだ。
信号が青になり、また加速するバイク。
孝太はおれが怖がっているのを楽しんでいるように見えた。ここで「怖いです」なんて言ったら、ますますスピードを上げるに決まってる。
というか、どこに連れて行く気だ。まさかヤクザがうじゃうじゃいるところじゃないだろうな。ヤクザ抗争真っ只中に置き去りにされるおれ。考えただけで身震いする。

 

「あ、優樹、携帯鳴ってる。ポッケから取って」

 

孝太がいきなり後ろを振り向いておれの耳元で囁いた。
事故りそうで怖くて、より一層孝太にしがみついた。

 

「危ない! 携帯取ったから早く前向けっ」
「通話ボタン押して、耳に当てて」
「ほら」
「どーもすんません。今出先で……はい、分かりました。りょーかいっす」

 

ヤクザからかな?
電話が終わると、またくるっと後ろを向いて「飛ばすからしっかり掴まれよ」と叫んだ。これ以上飛ばすのかよ、もうやめてくれ。
約三十分のドライブの末にたどり着いたところは海だった。孝太は近くの自販機で飲み物を買っている。

 

「なんで海?」
「えー、なんかお前と行きたくなっちゃった。優樹何飲むー? コーヒーでいーいー?」

 

緊張で喉が渇いていたおれはショーケースに並ぶラインナップを一瞥すると「おれ、これ」と自分でボタンを押した。

 

「カルピス?」

 

孝太は丸い目をますます丸くさせた。何かおかしいか? カルピスウォーターは美味しいんだぞ。
おれは缶を開け少し飲んだあと、自分の財布から百二十円取り出した。

 

「いらねーよ。無理やり連れてきたんだし」

 

無理やり連れて来たっていう自覚はあるんだな。
おれがその手のひらを所在なく浮かせていると、孝太が飲みかけのカルピスを奪った。

 

「じゃあこれもらうから、お前また買いな」

 

おれは新しくカルピスを買ったあと、孝太の隣りに並んだ。二人、カルピスを飲みながらしばらく防波堤で海を眺める。目の前に広がる海は、曇り空に霞んで果てが見えなかった。

 

「優樹、お前いつもこんな感じなの?」
「こんな感じってどんな感じ?」
「えーと、一万円って言われて一万円払うような」
「普通だろ」
「大学に押し掛けて来た奴に会いにいくような」
「普通、ほっとかないだろ」
「あと、オレみたいなのと一緒に海に来るような?」
「それは……」

 

怖かったから逆らえなかったなんて言えなかった。
そんなおれの心を見抜いているかのように、孝太は悪戯っぽい笑みを浮かべて反応を伺っている。

 

「優樹、趣味は?」
「え、音楽聴くこと……」
「好きな食べ物は?」
「え、えーと、カレーライスかな」
「好きなタイプは?」
「えーと……って何でそんなこと教えなきゃいけないんだよ」

 

恥ずかしさに言葉を濁すと、孝太はカルピスを飲みながら意味深な目をした。

 

「知りたい?」
「うん」
「まだ言わなーい。オレ、これから先輩のとこに行かなきゃいけないんだよ。だからタイム・リミット」

 

そう言って孝太はカルピスを一気に飲み干した。
それにしても孝太は一体何がしたかったんだろう。自分で連れて来たのに「早くー」と急かしてるし。
帰りのバイクを走らせながら「海好き?」と聞かれたので「好き」と答えると「じゃあまた来ような」と嬉しそうに言われた。
よくわからない男だな。

 

 

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