無常の花・20

無常の花

無常の花・20

【第三章 落花流水 ~堕ちる花~ 第六話】

 

次の日も、その次の日も、突然、孝太から電話が来なくなった。
続けばいいのに、幸せな時が。なぜ、とどまってはいられないんだろう。なんで、幸せのあとには悲しみがやってくるのだろう。幸せが去ったあと虚しくなるのなら、おれは幸せなんて欲しくない。

なんで、どうして? じっと携帯を見つめても答えは分からなかった。
おれ、何かしたかな。それとも用済みってことか?

そんなことない。孝太はそんなやつじゃない。きっと、何かあったんだ。そうだよ、刈谷にばれたとか……。孝太、また殴られたりしてるんじゃないだろうか。

音楽聴いてくれてるかな。柿全部食べたかな。枯れた花見て、おれのこと想ってくれてたりしてるかな。
おれの体温思い出したり、また会いたいって思ってくれたり、匂いとか味とか、身体全部がお互いのものになったあのときが、もう一度来ないかなとか……。

携帯を肌身離さず持ってみる。バイト中でも、電車の中でも、食事中でも、いつでもすぐに取れるように。バイブだと気付かないかもしれないから、メロディにしておれの好きな歌を入れてみる。

夜が来るのが待ち遠しくて、怖い。
孝太、お前に何があったんだ。
よからぬことを想像しては心が痛んだ。

 

数日後、ついに覚悟を決めて電話をかけた。しかし、虚しいコール音だけが延々と聞こえてくるだけだった。
心配で胸がはち切れそうだ。
何もない夜が終わると、また長い昼を過ごした。繰り返し、無味無臭の毎日を過ごした。
いつからおれは、こんなに弱くなったんだろう。会いたいよ……。

無意識に渋谷駅で降りていた。無意識というか、まあ、勝手に足が向いたというか……。そうそう、CDを買いに来たんだ。

タワーレコードで適当にCDを買ったあと、道玄坂を登ってみる。帽子を深く被り直し、用心深く坂を歩く。もちろん、警戒しているのはヤクザたちだ。黒塗りの車や黒服のオヤジがいないか、目だけを動かして何気なく歩いてるふりをする。

刈谷は三十代後半くらいの背の高い男。良い靴履いて、高そうなスーツ着て、威圧するオーラを体中にまとっている。一見男前だけど、その瞳、口元、眉間のシワにおいてまで、残虐性が滲みでている危険人物だ。そんなやつ、歩いていたらすぐ見つかる。

雑居ビルにたどり着くと、周りに黒塗りの車がないか確認する。前、おれを乗せてくれたときに停まっていたところにはない。あっちの路地はどうだろう。あっちの方が大きな通りに出やすい気がする。

 

あった!

 

遠目で確認すると、運転手が車を磨いていた。と、すると、刈谷は病室ってことか?
何でそんなに孝太に執着するんだよ、可哀想に。もう、ほっといてあげてよ。

……よし、出てくるまでおれも待ってやる。

おれは車が出ていったのを確認できる位置で、ぼんやりとガードレールの上に座っていた。
夜になると、パンクやビジュアル系っぽい服を着た人たちが通るようになった。多分、これからライヴが始まるのかもしれない。

お腹が空いてきたので、近くのコンビニで飲み物とフライドポテトを買って食べてると、どっかのガラの悪い兄ちゃんが、「ポテトくれ」というので少しあげた。

 

「おめーさ、さっきっから何やってんの?」
「人を待ってる」
「昼頃通ったときにもいたの見たぜ? そんな薄情な女、もう諦めれば?」
「あんたには関係ない」
「そりゃそーだけどさ、忠告してやってんだぜ? もう来ねーよ。何時間待ってんだよ。おめーのこと好きじゃねーんだよ」
「うるさい」
「はは、本当のこと言ったら怒った。ふられたんだよ、おめーは」
「うるさいっ」

 

残ったポテトがそいつに命中した。うるさい、そんなことない、お前には関係ないだろ。たとえそうだとしても構わない。だって、おれが会いたいんだから。孝太が会いたくなくても、おれが会いたいんだから。

にらんだ瞳からみっともなく涙が流れた。孝太が「責任とって」って言ったときの気持ちが分かった気がする。本当に、いつからおれは、こんなに弱くなったんだろう。

 

 

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