無常の花・21

無常の花

無常の花・21

【第三章 落花流水 ~堕ちる花~ 第七話】

 

夜九時頃になって、車のヘッドライトが道を照らした。闇と同化するように車体は見えない。
その車が去ったあと、黒塗りの車が停めてあった場所へ移動したがその姿はない。先程の車がそうだったんだと確信した。

この時間は医者が家へ帰る時刻だ。おれは早足でビルの階段を駆け上がると、病室の扉の前で立ち往生した。
思わず来てしまったが、ノックをしていいものか。もしかしたらまだ危ないやつがいるかもしれない。そしたら隠れる場所がない。
そんなことを考えているうちにガチャリと扉が開いた。

やばい、と思うより先に、驚いた医者のおじさんの顔とおれの顔が鉢合わせになる。

 

「坊ちゃん、どうしたんだ」
「おれは……」
「ここはまずいから、私の部屋へ来なさい」

 

病室の奥の孝太が気になるものの、言われるままに階段を上って別な部屋へ案内された。病室と広さは変わらない部屋。でも、いくぶん生活感は感じられる。それでも普通の部屋に比べたら随分と質素だ。

おじさんは湯気が上るマグカップを差し出すと、ぺちゃんこの座布団の上に腰を降ろした。

 

「坊ちゃん、孝太が病室を抜け出したのは君と会ってたからだろう」
「……」
「あのあと、あいつらは暴れるわ、孝太は叫ぶわ、殺す殺さないの大騒ぎだったんだぞ」
「……なんでそこまで」
「いいかい。きみと関わっている人間は、相良会という暴力団の組員だ。勢力範囲は一都一道二十三県に及び構成員は約五千名。準構成員を合わせると約九千四百名を擁すると言われている、東日本有数の広域暴力団だ。しかも、この相良会は相良泰造が一代で築き上げた団体なんだ」

 

それがどれだけすごいことか恐ろしいことか分からず、少し首を傾げるとおじさんは困った顔をした。

 

「この世界は一代でそうそう築けるもんじゃない。この組織はな、絶対権力を持つ総裁のもとで統制をされている。だからどこよりも厳しく組員たちの絆が重要とされているんだ。杯を交わした相手を裏切ったり、勝手なマネをするのを何よりも嫌うのはそのためだ」
「……」
「しかも、刈谷は本部を山口に置く下関一家第三代目総長。三年前に杯を交わし直参じきさんとなって、ますます組の勢力を拡大することに一役買っている、若いながら実力のある幹部だ。いいか、坊ちゃん。あいつはそれだけ強引で非情だということだよ」
「……言ってることはよく分からないけど、要はもう孝太に関わるなってことですか」

 

おじさんはゆっくりとうなづいた。おれはそれを見て、頭に血が上った。

 

「何でですか? 会いたいなら会ってもいいじゃないか。別に何も悪いことするわけでもない、それが何でいけないんですか」
「相良会の代紋は桜と牡丹。華やかに咲いて散れ、という方針を表している通り、命が惜しくない奴しか必要とされないんだ。激しい抗争で、組のために命を張れる奴しかいらないんだよ。それを邪魔する奴は消すってことさ」
「おれのこと……?」
「もしくは孝太かな」

 

マグカップからは、もう湯気は消えていた。

 

 

次の日、貴洋のお見舞いに行く前、孝太と初めて会ったライヴ会場へ足を運んだ。

あのときのこと、今でも覚えてる。
今日も何かのライヴがあるらしい代々木体育館は、賑わってはいるが殺伐としていた。
ダフ屋のおじさんがチケットの売買をしている。テキ屋の兄ちゃんが正規品ではないグッズを販売している。

おれと孝太はこの大勢の中から出会ったんだ。
あのとき、おれが声をかけなければ、チケットを持っていれば、ライヴに行かなかったら永遠に出会わなかった。
だって、違う世界に住むおれたちが、またどこかで出会える場所なんてあるのだろうか。

いつから好きになってたのかなんて分からないけど、おれはお前と同じ世界で生きていきたい。
平凡な毎日でも、痛みなんてない世界に連れていきたい。

 

 

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