無常の花・22

無常の花

無常の花・22

【第三章 落花流水 ~堕ちる花~ 第八話】

 

代々木体育館をあとにして、病院に来た。
貴洋の具合は良好だ。もう呼吸器も外れていた。

 

「貴洋、はいお土産。ノートコピーしてきた」
「げー、何この量。優樹、いつもこんな量メモってたの?」
「ううん。分かりやすいようにまとめたのがこれと、こっちが授業用」
「マジで? わざわざ悪いな。サンキュー」

 

おれのせいでこんな目に合ったんだから、せめて出来ることがあればしてあげたかったんだ。にこにこと笑う貴洋を見て、おれも嬉しくなった。

 

「だからクマ出来てるのか。お前ちゃんと寝てんの? そういえば春山の具合は……」

 

その言葉のあと、おれの手からバサバサとルーズリーフが散らばった。

 

「あ、ごめん。おれって本当ボケっとしてるよな。気をつけなきゃ」
「優樹、春山は大丈夫なんだよな? 俺、嫌だぞ人殺しなんて」
「違う違う、貴洋が心配するようなことじゃなくて」

 

不意打ちで孝太の名前が出たことに動揺した。床に落ちた紙を慌てて拾い、まとめて「はい」と渡すと、ガシリと手首を掴まれ困惑する。

 

「なあ、何かあったのか? 愛想笑いなんてすんなよ。いつもみたく相談に乗ってやっから」

 

その顔は、本当におれを心配しているときの顔だった。悩みを打ち明けると、いつも冷静に的確な答えを導いてくれるのが貴洋だ。

おれは、今までのいきさつを洗いざらい話した。刈谷のこと、孝太のこと、おれのこと、とにかく誰かに話したくてたまらなかったから。

話し終わると、貴洋は指の関節をポキリポキリと鳴らした。貴洋が手持ちぶたさになると、よくこの音を聞くことがある。その他には、何かを考えているときや怒っているときに鳴らすことがあった。

 

「優樹は……それでも会いたいのか?」
「たぶん……」
「自分が死ぬかもしれないのに? あいつも死ぬかもしれないんだろ?」
「でも、死なないかもしれないよ? きっと、おれが話したら分かってくれるよ。刈谷だって人間だもん、人を好きになったことあると思うし」
「おい、話し合おうなんて思うな。お前間違いなく殺されるぞ。俺、分かんねえよ……何でそこまであいつがいいわけ? 酷いことしかされてねえじゃんか。お前、暴力とか大嫌いだったはずだろ?」

 

貴洋の涼やかな瞳が少し歪む。瞬きで、下ろされた前髪が風に吹かれたように微かに揺れた。
その横顔を見つめているうちに、貴洋がおれの手を取った。

 

「なあ、俺じゃダメなの?」
「え……」
「俺たち、ずっと一緒にいたじゃん。何であいつなら良くて、俺はダメなの?」

 

そんなの自分でも分かってないんだ。何で、孝太じゃなきゃダメなのか。

 

「貴洋は、親友だし……」
「じゃあさ、友達にもなれないような奴と付き合って上手くいくと思ってんの? そんな危険犯してまで会う価値あんの? それで殺されて意味あんの? ……俺は嫌だね、そんな人生。お前はもっと利口な奴かと思ってたけど」

 

 

何も言い返せない自分に苛立った。唇を噛みしめて、込み上げるものに耐えていた。
そんなおれをふわりと包みこんで、おれの頭を胸に押しつけて背中を撫でてくれた。貴洋の匂いは病院の消毒液の香りがした。

 

「もうちっと楽に生きろよ。もう、お前を泣かせたりしないから、俺のもんになって」

 

撫でられて、温かくて居心地が良かった。
晴天の下、日だまりの中をふわふわ浮かんでいる感じだった。ずっと収まっていたかった。

けど、このぬくもりを孝太は知っているのだろうか。
そう思った瞬間、そこはもう何もないだだっ広い草原だった。
冷たい風に吹かれて一人佇む少年が見える。
その少年は孝太だったのかもしれない。

 

 

おれにだって譲れないものがあるんだよ。
楽になんて生きるよか、精一杯生きるほうがカッコ良いに決まってる。

決意して、深夜の雑居ビルに忍び込んだ。廊下をうろうろして非常ベルを見つけると、一呼吸置いて思い切り叩き割った。

鼓膜をつんざくような警報。耳触りに拍車をかけるように、同じ波長で鳴り続ける爆音だ。静かな夜のとばりは今日は下りない。

 

「火事だっ」

 

病室の前でわざと大声を出したら、この階の住人が次々とドアを開けた。
色んな人がいる。派手な女性とか、怖いお兄さんとか、年齢不詳の人などなどだ。

そのうち病室も開いて、包帯を巻いている見覚えのない人が出て来た。おれは、その人を無理やり押しのけ奥の部屋へ入る。

 

「優樹?」

 

息を切らしたおれを驚いた顔で凝視する孝太。何が起こったかのみこめていないみたいだ。でも、説明しているヒマはない。

 

「早く、おれと一緒に来て」

 

まだ唖然としている。キズついた左手を掴み、孝太のまん丸な瞳を見つめた。

 

 

「孝太、行こう。おれと」

 

 

そう 光が届く場所へ

 

 

【第三章・完】

 

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