無常の花・3

無常の花

無常の花

第一章 百花斉放 ~魅せる花~ 第三話

次の日の下校時刻、また孝太から「大学に来ちゃった」とのメールが届いていた。

 

「はろー」
「孝太、何か用……って、顔どうしたんだ!?」
「先輩に殴られた。来るのがおせーって」

 

そう驚いたのは、孝太の目の上には腫れぼったく青タンができていて、唇の端は切れて赤黒くなっていたからだ。
それって昨日のあの後のことだろうか。おれと海になんかいたから? とたんに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 

「おれのせいだ……ごめん」
「何で優樹が謝んの? オレが勝手にしたことだし」
「でもごめん。すごい痛そう……」
「オレが優樹といたかったからいいの。だって優樹とどっか行くのなんて、昨日以外二度とないかもしれないし」
「そんなの……いくらでも行くのに」
「ほんとか?」

 

孝太はおれの言葉を聞くなり、肩を掴んですごく嬉しそうな顔をした。
よくわかんないな、孝太って。感情が目まぐるしく変わる。一体どんなやつなんだろう。

 

「じゃあさ、これから酒飲みに行こ。おれ奢るからさー」
「え、今日はちょっと、バンドの練習が」

 

そこまで言って「優樹」と呼ばれた。貴洋たちだ。

 

「優樹、練習始めるぞ」
「あ、うん、そうなんだ。だから悪いな孝太、また今度遊ぼう」

 

孝太は貴洋を一瞥いちべつした。貴洋も怪訝そうな目つきで孝太を見ていた。おれの友達に金髪をしている人なんていなかったから、どこの馬の骨だと思っているんだろう。それに今日の孝太の顔はケンカの後丸出しだったし。

 

「誰? 優樹」
「ああ、この前話してたダフ屋の兄ちゃん。孝太っていうんだ」

 

おれが紹介すると、孝太は「よろしくー」と屈託なく微笑んだ。貴洋もその笑顔に警戒心がとけたのか、「よろしく」と答える。

 

「名前なんてゆーの?」
「俺、貴洋。優樹がどうもお世話になったようで」
「貴洋か。な、貴洋。オレ、練習見ちゃダメか?」
「へ? 別に構わないけど……聴くの? 音楽」
「ばりばり聴いてるよー。でもまだよく分からないから、色々聴いてみたいんだ」
「ならいいよ。来なよ」
「やったー。良いって、優樹」

 

「嬉しいなー」と無邪気にはしゃぐ孝太。でもさ、さっき気付いたんだけど、お前の拳、結構すりむけてるよ。お前はどんなとき、どんな顔で誰かを殴るんだろう。
音楽室に移動して、皆が楽器をセッティングしているあいだ、孝太はずっとおれを眺めていた。いや、楽器を見てただけかもしれないけど。

 

「孝太……弾きたいの?」
「ううん。別に?」
「そ、そう」

 

いくらなんでも見すぎだろ、とつっこみたかったが、気にしないふりしてチューニングを終わらせる。他のメンバーも「始めるぞ」と位置についた。おれのパートはベースだ。ギターも良かったけど始めたばかりで難しかったし、おれより弾ける人が他にいた。なのでとりあえず余ったパートをおれがやることになったんだけど、今では自分にぴったりのパートだと思っているしすごく楽しい。

練習が始まると、孝太はもの珍しそうに色んな方向を向いていた。たまに携帯をいじくったり、またおれの方を見たり小動物のようだった。
こういうの初めて見るんだろうな。聞く限り関わりのなかった世界みたいだし、ちょっと可哀想かも。

 

「どうだ、孝太」

 

練習が終わると、貴洋が孝太に話しかけていた。そのとき、おれはドラムのシュウジとバスドラとベースのタイミングについて少し話していたところだった。

 

「うん、まだよく分かんねーや。な、優樹はなんていう楽器やってんの?」
「え? あいつはベースだよ。曲の骨格を担うパートかな」
「へー、すごいんだな。優樹は歌わねーの?」
「ボーカルは俺だもん、歌わないよ。それにあいつオンチだぜ」
「はははは」

 

聞こえてるっつうの。
見る限り、昔グレていた貴洋と孝太は馬が合ったようだった。そして、そのまま皆で飲みに行くことになり、孝太も加わった。
市ヶ谷から渋谷に出て、行く居酒屋を決めかねてロフトの前を通過したところ、孝太が誰かにガンを飛ばしているのに気付いた。獣のような、鋭い目つきだ。

 

「孝太、どうした?」
「ん? わり。お前たち、先行ってて」

 

いきなりそう言うとスペイン坂へ消えていく。おれたちは訳も分からず、とりあえずその場で立ち止まったが、ちょっとだけ後ろへ着いて行った。坂を登りきる少し手前で「おい」と貴洋に来るなの合図を送られ、見てみると坂の端で孝太がビラ配り中の美容師をとっ捕まえていた。

 

「てめえ、何回言わせりゃ分かんだよ。ヤキ入れられてえのか?」
「ご、ご、ごめんなさい……」
「ここで配りたきゃショバ代払えっつってんの。これで三度目だぜ? 本当ならここでぶちのめして二度と渋谷に来れねえようにしてやるところだけど、生憎時間がないからな。出せよ」
「も、持ってません……」
「今持ってねえなら、今度店に取りに行ってやっからな。覚えとけ」

 

孝太は美容師を蹴り飛ばすと、何食わぬ顔で戻ってきた。おれたちは急いで元の道に戻る。

 

「なんかさー知り合いがいてさー、話してた」

 

先ほどの剣幕を微塵みじんも感じさせない能天気な孝太の顔を、皆は不自然に反らした。

 

「俺、ちょっと用事思い出しちゃった」
「あ、おれも」

 

バンドのメンバーは一目散に逃げ出して、あっという間におれと孝太と貴洋だけになってしまった。おれたちは探るように顔を見合わせ、どうしよう、と視線で訴える。

 

「優樹、貴洋、金の蔵行こーぜー。オレ奢るからさ、何でも頼んでいーよー」
「孝太、ちょっと待てよ。その金はああして脅して手に入れた金か?」

 

貴洋の問いかけに、おれも孝太も驚いた。確かに貴洋は、歯に衣着きぬきせぬ物言いで、言いたいことははっきりと伝えるタイプだ。

 

「お前って働かないで、罪もない奴から金せしめて生きてんのか?」
「なにいきなり。見てたのか?」
「見てたよ思いっきり。蹴り飛ばしたところまで」

 

それを聞いて孝太はおれの方を向いて、こわくないよ、とでも言いたげに笑った。

 

「だって、それがシノギだもーん。それしか金の稼ぎ方教えてもらってないし……こわい? 優樹」
「こえーに決まってんじゃねえか! 優樹は暴力が一番嫌いなんだ。分かったらもう優樹に近づくなっ」
「何だと? てめえに言われたくないんじゃ! オレは優樹に聞いとんじゃ!」

 

孝太は豹変して貴洋の襟口えりぐちひねりあげたので、おれは脅えながらも、さっきの美容師のように貴洋が殴られてはたまらないと思いつつ叫んだ。

 

「孝太! やめろ!」

 

孝太はやばい、といった顔をして、ゆっくり掴んでいたシャツを離した。悲しそうにうなだれた孝太は、まるで叱られた子供のようだった。貴洋はというと、Tシャツをはらうと、肩で息をしつつ孝太をにらみつけていた。

 

「オレはただ、お前と仲良くなりたいだけなのに……」
「所詮、俺たちとは生きる世界が違うんだよ。行こうぜ優樹、殴られないうちに帰ろう」
「……優樹、行かないで」

 

孝太は学校にも行けず、辛いことをたくさん目の当たりにして生きてきた。それでも、おれたちみたいな世界に憧れて生きている。音楽だってバンドだって分からないけど、こうして興味あることが何よりの印じゃないか。でも今まで修得できなかったのは、こうしてみんな怖がって離れて行くからじゃないかとよぎった。
それじゃあ、孝太はずっとこのままなんじゃないかな。悲しい想いを何度も繰り返すだけだ。

 

「貴洋、孝太は悪いやつじゃない気がするんだけど……」
「は? 今こいつが何したか見ただろ?」
「それでも、おれには本意でやってるようには見えないんだ。」
「お人良しもいい加減にしろよ! なら勝手にしろっ」

 

貴洋は苦々しい表情を浮かべて去っていく。おれがあとから心変わりしてもいいように、ゆっくりゆっくり進む。しかしおれは、金縛りにかかったように孝太の隣から動けなかった。

 

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