無常の花・4

無常の花

無常の花

【第一章 百花斉放 ~魅せる花~ 第四話】

貴洋が見えなくなると、孝太の表情を伺った。とたん、みるみるうちに孝太の顔がやさしくなってゆく。

 

「優樹、マジ嬉しい。そんなこと言ってくれた奴、今までいなかった……」
「おれにはどうしても、孝太がそんなやつには見えないんだ。だって、人の喜ぶ顔が見たかったからって、普通高いチケット渡したりできないだろ? そんな孝太が本当の孝太だよ」

 

おれたちは金の蔵で色んな話をした。孝太がおれのことを根掘り葉掘り聞いてくるからたくさん話してあげた。そうして普通の人と同じように興味を持ってくれればいい。今から色んなことを始めてみるのも遅くないんだ。まだ二十二歳じゃないか。

孝太は酒が強いらしく、煙草を吸いながら強い日本酒を何合飲んでも顔が赤くなることはなかった。また、ロレツがまわることもなく始終笑顔でおれの話を聞いて相槌あいづちを打つ。
そんなふうに楽しく話していたが、ビールを飲みすぎて何だかトイレに行きたくなった。

 

「おれちょっとトイレ行ってくる」
「いーよ。ちょっと離れてるから迷うなよ」

 

こうして話すと普通じゃないか。貴洋みたいに血気盛んなやつからすれば噛み付きたくもなるだろうけど、穏やかに接すれば大丈夫なんだ。そんなことを思いながら用を済ませて、少し迷って席に戻った。

 

「ごめん。お待たせ」
「あ、ビール頼んでおいたよー」

 

新しいジョッキがおれの前に置かれている。もう腹はタプタプだったけど、せっかく頼んでくれたビールだから一口飲んだ。
その瞬間、体が一気に重くなり、机に腕をついてしまった。

 

「孝太……なんか、すごい眠い……」
「そう……疲れたんだな。出ようか、おぶってやる」

 

会計を済ませ、孝太の背に申し訳なく体を預ける。どんどん意識がもうろうとしてきた。いつも同じ量を飲んでるがここまで酔ったことはない。というか本当に酔ったのかな。眠くてだるくて、風邪薬を飲んだときのような感じ。熱でもあるのかもしれない。
心配してくれた孝太は、休もうと言ってラブホテルに入った。

 

 

「……ら、ラブホテル?」
「大丈夫だよ、優樹。ここで少し寝たら治るから」
「うん……ありがとう」

 

少し胸騒ぎがしたが、孝太に担がれるまま部屋に入った。
どうしたんだろう。やっぱり疲れたのかもしれない。授業中も眠かったし、孝太の言う通り少し寝れば治るだろう。

ふかふかのベッドに横たわったら、少し気分が良くなった気がした。
孝太が隣で心配そうな顔で見つめてるのがわかる。

 

「なんか飲む?」
「あ、じゃあ……リュックの中に水がはいってる……悪いけど、取ってもらえる?」

 

孝太はおれのリュックからペットボトルを取り出してくれた。

 

「飲ませてあげる」
「いいよ……これくらい、できる」
「ううん」

 

横たわるおれに口移しで水を飲ませてきた。孝太の体温に触れた生温かい水が喉をつたう。
そのとき、女の子にするみたく優しく髪を撫でられたので、驚いて孝太を見つめるともう一度キスをしてきた。水も何も含んでいないのにどういうつもりだ。
執拗に舌を絡ませ、熱い口腔に導かれる。
孝太の舌に触れるたび、さっき飲んでいた日本酒の味がする。唾液は甘く、痺れるようだ。
横たわった状態から起き上がることができず、されるがままになっていたが、やっと唇が離れた。

 

「孝太……何してんの……」
「キスだよ」

 

孝太は笑いながら今度は服を脱がしていく。

 

「やめろ……孝太、何すんだよ……」
「オレはさ、貴洋の言った通りヤクザな奴だよ。いつも怖がられて嫌われて逃げられて終わり。好きな奴には一生懸命優しくしてみるんだけど結局逃げられるんだ。だからさ、オレ思った。どうせ嫌われるならオレのもんにしてからでも一緒だって」

 

何言ってるのかよく分からないんだけど。
そう言っているあいだにもズボンとパンツをずり下げられ、局部を露わにされた。孝太が自分の携帯を取り出し、そこの写真を撮っている。

 

「ちょっ、何してんだよっ……やめろよっ」
「撮れた、優樹の恥ずかしい写真。これ、ばらまかれたくなければ抱かせて」

 

何を言っているんだ……。
この疑問だらけの状況を考えるヒマもなく、横たわるおれの上に孝太が覆い被さって来た。

 

「優樹、すげえ好き。お前の純粋なとことか優しいとことか、全部オレのもんにしたいんだ」

 

そう囁く顔はこんなにも傷ついてみえるのに、おれが抵抗すると頬をはたかれた。唇が切れて痛い。口の中に鉄の味が広がり、ばたつかせていた腕を折れそうなほどひねられた。

 

「痛い! 孝太、痛いよっ」
「なら大人しくしろよ」

 

今日は金曜の夜、明日は嬉しい休日。終電も気にせず、みんなはしゃぎまくり、楽しい時間のはずだ。それなのに何でおれはこんな目に合っているんだろう。

孝太は、おれを無茶苦茶に抱いた。
痛みと絶望で溢れ出る涙は孝太に届かず暗闇に消えた。
悲痛な懇願の声は深いキスで塞がれた。
事が始まってしまうと、おれは抵抗といった抵抗も出来ず、のしかかる孝太の重みと引き裂かれるような激痛に耐えるしかなかった。

快楽なんて求めていないような、とりあえずやるだけやっておこうという行為だった。孝太という人物を忘れられないようにさせるだけの、一方的で暴力的な行為だ。
おれの心の中で何かが崩れていった瞬間だった。

何分何時間経ったろう、やっと孝太がその行為を止めた。

 

「あいしてる……」

 

それだけ言うと、タバコを吸うために後ろを向いた。腕と背中にはそれ系の刺青が入っている。
おれは遠い意識の中、何度も繰り返された「好き」の言葉と刻みつけられた痛みを思い返していた。
どうしてなんだよ、孝太……。どうしてこんなひどいことするんだよ……。
浮かぶのはその言葉ばかり。数時間前の自分がバカみたいだ。こんなひどすぎるし打ちにも、自分を責めることしか出来なかった。

 

「……へいき?」

 

あまり悪びれる様子もなく問いかける孝太。当然返事なんて返せやしなかった。
一刻も早くホテルから出なければ。これ以上、ひどいことをされる前に何としてでも帰らなければ。
自分の服をつかみベッドから降りると、孝太がおれの方へ近寄ってきた。

 

「優樹、あまり動かない方がいい。今日はここに泊まろう」

 

そう言って延びてきた手を振り払う。
さわるな。お前なんかにさわられたくもない。

 

「優樹、そんなに嫌だったか?」

 

込み上げてきた怒りを我慢して孝太を睨む。こらえきれずに左目から零れ落ちた涙は頬へ流れた。孝太は目を反らさずにその視線を受け止め、おれの体を引き寄せた。
世界が回るようにぐわんと歪む。ふらついて体にもたれかかると、また孝太はおれの首筋に顔をうずめた。

 

「ひどいよ……」

 

呟いたおれの声は孝太に届いただろうか。刺青の入った両腕は、変わらず強くおれの体を抱きしめていた。

 

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