無常の花・5

無常の花

無常の花・5

【第一章 百花斉放 ~魅せる花~ 第五話】

ラブホテルを出ても、まだ悪夢は終わってなかった。
体のふしぶしが痛くて意識がもうろうとする。致命的なのは下半身が痛くてどうにも歩けなかったことだ。それに加えて終電もとっくになくなっていたので、おれは逃げるに逃げられず必然的に孝太と一緒にいざるを得なかった。

 

「お前……何のクスリ……飲ませたんだよ……」
「少しだけ脳をマヒさせるやつ。優樹は効きやすいんだな。つらい? 良い気持ちになるやつ打ってやろうか?」

 

人を犯して、その上クスリ漬けにして金巻き上げるつもりか。どこまで腐ってんだこいつは。

 

「初めては誰だって痛いんだってさー。次はきっと平気。優樹のこと気持ち良くしてあげるよ」

 

その瞬間、体を支える孝太の腕を突っぱねた。支えがなくなったおれは、よろけながら道ばたに倒れ込む。
悔しい、人の気持ち踏みにじりやがって。
おれだってお前と仲良くなりたかったのに、ひどいよ。

 

「二度とおれに触るな!」

 

孝太は一瞬驚いた顔をしたが、すぐ眉をつり上げ不敵な笑みをする。強い力でおれのあごを掴むと、ねっとりした声で脅しをきかせた。

 

「そんなこと言える立場かよ。さっきのエロ画像、お前の友達に送りつけてやろうか? それとも大学に貼り出される方がいいかな。みんなすごい驚くと思うぞ。心配させてもいいの?」
「……」
「そんな顔すんなよ。お前が嫌いでこんなことしてる訳じゃないんだ。お前に、オレなしではいられなくなって欲しいんだよ」
「離せっ。お前の遊びに巻き込まれるのはまっぴらだ。おれ、どうしたらいいんだよ。どうすればお前は満足するんだよ」
「……だから、優樹がオレを愛せばいいんだよ」

 

孝太の手があごから移動しておれの頬をふわりと撫でた。優しさなのか哀れみなのか、どちらともつかないその感触はおれを脅えさせるものでしかなかった。

その後、孝太は身体に力が入らないおれをおぶって道玄坂のラブホテル街を歩き出した。おれにはもう、抵抗する力すら残っていなかったが、こいつにおぶられるくらいならと、身をよじって逃げ出そうとした。

その度に、固い道路へ叩きつけられていたおれを不憫ふびんに思ったのかはわからないが、孝太はおぶるのを止め、その固い道路に腰を降ろし嫌々ながらおれも隣に座った。
この先をまっすぐ行けばライヴハウスがある、何度か通ったことのある道だ。おれはますますぐったりとして深い睡魔に襲われていたが、孝太は煙草を吸いながらおれの肩を引き寄せてくる。

 

「大丈夫、優樹。寝てていーよ」

 

お前が隣にいることが大丈夫じゃないんだよ。
隙をついて姿をくらますためにはどの道を通ればいいのか、周りを眺めながら朦朧もうろうとした頭で一生懸命考える。

 

「優樹、本当キレイな顔してるよな。髪の毛も、パーマなの? ちょっとクセがあるのがまたお洒落っつうか。外人みたいでさー」

 

孝太がおれの横顔をしげしげと眺め、煙草の煙を吐き出しながら言った。おれは腕で顔を隠し、無視してこのまま寝たふりをしようと膝がしらに頭をうずめる。
朝が来ればきっといつも通りの生活が待っている。
貴洋に、今度からはちゃんと忠告は聞くことにすると謝って相談に乗ってもらおう。きっと何か助け舟を出してくれるはずだ。それで、もうヤクザなんかと縁は切るんだ。

それにしても今は夜中の何時だろうか。どんどんガラの悪い奴らが通るようになった。うるさいバイクのエンジンをふかしながら遠くで何かコソコソと小声で話す声が聞こえる。けれどおれはずっと膝に顔をうずめていたので、誰が何を話している声か分からなかった。

 

「よお、お前、あんときの奴じゃねえ?」

 

その声にハッと見上げると、今風の格好に、頭にバンダナを巻いた男が立っていた。おれではなく孝太にいちゃもんをつけている。

 

「んだ? コラ」
「ついでだ。この前のお返ししてやんよ」

 

バンダナ男の仲間が「なになに?」「やっちまう?」とぞろぞろ集まってきた。それを孝太は猛犬のような表情で威嚇する。

 

「ここはオレたち相良会のシマだぞ。んなことしてタダで済むと思ってんのか」
「大丈夫。お前らがしゃべらなければばれないことだから」
「どういう意味だ」
「こういうことだよ」

 

そう言って、男が孝太のおでこに近づけたものは拳銃だった。それでも孝太はびびることなく言葉を返す。少なくともおれにはそう見えた。

 

「やりたきゃやればー?」
「てめえ……泣いて命乞いでもしろよ」

 

カチャリと嫌な音が響いた。この音って引き金を引く直前によく聞く、安全装置を外すための音なんじゃなかったっけ? ブルっと体が震えた。

 

「お前の連れはすげえびびってるみたいだけど?」
「そいつに手出したらぶっ殺すぞ。優樹、お前どっか行け」
「じゃあ、まずはこいつから殺してやろうかな」

 

男の視線が孝太からおれの方へと向けられた。その緊迫した空気の中、おれが微動だにすることが出来ないままに、ゆっくりと銃口もこっちへ向けられる。

なに? 訳が分からない。
おれ、何かしたっけ?

 

「土下座して泣いて謝れ。こいつが死ぬことになるぜ」

 

おれの瞳が恐怖に染まったとき、その黒い銃口を孝太が掴み上げた。

 

「優樹、逃げろ!」

 

発砲音が鳴り響き、おれは無我夢中で駆けだした。奴らの何人かは追ってきていた。体も痛む。でもそんなの知ったこっちゃない。そうしなければおれは死んでしまう。
その狭い路地から大通りに出ると、店の客引きをしている人に駆け寄った。

 

「助けてください! この先で……」

 

おれが覚えているのはそこまでで、その人の腕の中に倒れこむとぱったりと記憶が途絶えた。

 

 

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