無常の花・6

無常の花

無常の花・6

【第一章 百花斉放 ~魅せる花~ 第六話】

 

「孝太は無事ですかっ?」

 

どこかの店の休憩室のソファで目を覚ましたおれは、開口一番、孝太の無事を問いかけた。どうやら昨夜はそのまま意識を失ってしまったらしい。

 

「あの兄ちゃんはね、すぐ他の者に助けに行かせたから平気だよ。ただ、ケガをしているから入院してる。この辺のごろつきはみんな闇医者へ運ばれるんだ。銃弾の痕や刺し傷なんて、普通の医者に見せたら警察呼ばれちまうからね」

 

助けを求めた客引きの男の人は隣りにいてくれたらしい。そして、すぐにその場所の地図を書いてくれた。孝太は死んでないんだ。地図を受け取るとなぜか涙が出てきた。

 

「キョウちゃん、可愛い子泣かせちゃだめよー」
「どうしたの、ぼく?」

 

そこは風俗店なようで、たくさんの綺麗なお姉さんが勤務を終えて帰ろうとしているところだった。事情を知らないお姉さんたちが、からかいながら通り過ぎていく。おれは恥ずかしくなって涙を拭った。

 

「それにしてもきみ、何であんな奴と一緒にいたの? 相良会っていう、ここらを仕切ってる組にいる奴だよ。悪いことは言わないから、あまり関わらない方がいいよ。渋谷はむかーしは愚連隊っていう組織が仕切ってたんだけど、今ではどこが仕切ってるっていうのがないんだ。だから道玄坂の裏ではこういう争いが耐えないんだよ。きみの知り合いをボコボコにしたのは、この辺のチーマーみたいだった」
「あんなやつって……。おれ、行ってきます。おれのこと助けてくれたんです」

 

もらった地図を頼りに、まだ薄暗い空の下、痛む体を引きずりながら店を出る。
外へ出ると、渋谷の街に早朝の独特の空気が流れていた。何か起こりそうな緊迫感のある張りつめた空気だ。
道路には煙草の吸い殻や空き缶が落ち、時々枯れ葉がカサカサと鳴る。吹き飛んだゴミ屑のあとに見えるものといえば、道にこびりついた誰かが踏んだガムの跡、そして血の跡。鼻血かな、それとも別のところかな。

道を歩く足が速くなる。
渋谷がこんなに危ない街だなんて知らなかった。表の世界と裏の世界。メイン・ストリートと路地。それは目立たないところで確かに繋がっているし存在している。光があれば影もできる、それは変えられない事実なんだ。
そして誰かが笑顔しているとき苦しんでる人もいる。おれはそんなの考えたこともなかった。

教えられた場所はうらぶれた民家が並ぶところだった。その中の看板がかかっていない怪しげな雑居ビルが目的地だ。
階段で上がると、やはり表札も何もないビルの一室をノックする。しかし誰も出ない。
扉のすぐ隣には蜘蛛の巣が張っていて、廊下には蛾の片羽が落ちていた。気味の悪いところだ。

 

「ごめんください。快楽亭のキョウさんの紹介でやってきました」

 

呼びかけると、しばらくしてガチャリと扉が開いた。少しばかり開いた隙間から、白衣を着たおじさんが警戒する目でおれを見る。

 

「何しに来た」
「おれ……いや、ぼくは孝太くんの友人で……その……」
「ちょっと待ってろ」

 

そう言って閉められたので、しばらく気味の悪いところで待った。数分後、また扉が開くと、害はないと思ったのかおじさんは顔色を変えず「入りなさい」と中へ案内してくれた。一応病院のように消毒液の匂いがする。

 

「孝太は、ここにいるんですか?」
「ああ。でもあいつはきみに会いたくないと言っている」

 

おじさんは、到底医者には見えないような太い腕を組みながら診察室の椅子に座った。いくつか白い傷跡がすじになって残っている。

 

「重傷なんですか?」
「いや、傷はこれくらいならあいつにとっちゃ日常茶飯事だよ。でも……」
「何かあるんですか?」
「きみに会わせる顔がないって」
「遠慮ならいりません。おれは本当に孝太が無事なのか知りたいだけなんです」
「……分かった。じゃあ煮るなり焼くなり好きにしな」

 

奥の部屋を指差して、「行け」とジェスチャーをしたので、おれはおそるおそる指差した方へ向かい、扉をノックした。

 

「孝太?」
「……」
「いるんだろ? 入るぞ」

 

反応はなかったけどそのまま部屋へ入った。何もない殺風景な部屋にベッドが四つ。その内の三つは埋まっていて、その主にぎろりと睨まれた。怖そうなおじさんばかりだ。
窓際のベッドに孝太はいた。顔も頭も包帯だらけだったが、その特徴のある目でそれが孝太だと分かった。左手にも包帯が巻かれており、点滴の管が刺さっている。
おれが静かにベッドの前で立ち止まると、孝太は気まずそうに顔を反らした。

 

「孝太、無事で良かった」
「……優樹こそ」
「おれは平気」
「オレ、バカだからすぐ忘れちゃうんだ。オレとお前は違うんだってこと。オレといたらお前、死んじまうんじゃないかって思ってた」
「それより手は平気なのか……?」

 

孝太は顔を背けたまま、自分の手に視線を落とした。

 

「キズは男の勲章なんだぜ。大事な奴を守るための」

 

そう言って、目を伏せながら誇らしげに笑う孝太。銃弾が当たったとかではなさそうだった。

 

「でもさ、痛みなんてとうの昔から慣れっこなのに、お前が死んじまったらって考えただけで、どこかが死にそうに痛むんだ」

 

花びらが落ちた花瓶の花を見て、孝太は別人のように寂しげに笑った。
何でそんなに悲しく笑えるんだろう。
不思議な孝太の表情に目を奪われた。

 

 

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