無常の花・7

無常の花

無常の花・7

【第一章 百花斉放 ~魅せる花~ 第七話】

「孝太あ、いるんだろっ」

 

そこへ、静かな病室にいきなり大声が響いた。扉を勢いよく開けて入ってきたのは、どこからどう見てもその筋の人間だ。真っ直ぐにこっちに向かってくる。
孝太が小さく舌打ちをしたのが分かった。

 

「お前、そのキズ、誰にやられたんじゃ」
「わかりません。酔ってて知らない奴とケンカになっただけっす」
「こないだの奴等じゃないんか? たしか、この辺でのさばってる生意気な若造どもがいたよのう……」
「違うっす……。あいつらとはもうケリつけたんで」

 

そこまで言って、先輩ヤクザはこっちを見た。おれは目を反らすに反らせず挙動不審になる。そんなおれを不憫ふびんに思ったのか、少し声色を柔らかくして尋ねてきた。

 

「おい、ぼん。お前も一緒にいたんか?」
「は、はい」

 

正直に答える。何だか少し込み入ったことのようだ。とりあえず、孝太と話を合わせるしかない。

 

「酒に酔って、知らない奴等に殴られたって、本当なんか?」
「ほ、本当です……」
「うそつくとためにならんぞ? 売られたケンカはなあ、買うのが当たり前じゃ。可愛い子分が負けて帰ってきたんなら、上のワシらが落とし前つけなきゃいけんのじゃ。特にワシの組と知ってこんな目に合わせたっちゅうことは、ワシにケンカを売ったんと同じことじゃけえのう。なあ、本当なんか?」
刈谷かりやさん、もうその辺で勘弁してください。こいつ、一般人なんです」
「孝太、カタギのもんとつき合うのはやめえ言うとるやろうが。ヤクザもんはヤクザもん同士大人しくしとけ。このぼっちゃん、かわいそうにガタガタ震えとるぞ。まあ、今回はぼんもそう言っとることやし許してやるとするかの」

 

助かった。しかしホッとしたのも束の間、先輩ヤクザは孝太の顔を思い切り殴った。
同時に白いシーツに血が飛び散った。

 

「あんまみっともないマネすんなや。負け犬が」
「こ、孝太、大丈夫か! 何で殴るんですか? まだキズも癒えていないのに……」
「あん? お前も殴られたいか? 調教じゃ。犬が悪いことしたら叱りつけるやろ? こいつは悪いことをしたあとにすぐ殴らんとわからんのじゃ」
「孝太は動物でも負け犬でもありませんっ、おれがいたからいけなかったんだ」
「優樹!」

 

孝太が悲哀の眼差しで見つめる。いいから何も言うな、瞳でそう訴えかけてきた。
確かに、これ以上言ったらおれが殴られそうだ。でも孝太が殴られるんだったら、おれが殴られた方がフェアかもしれない、と唇をかみしめる。

 

「こいつはな、年少上がりでどうしようもなかったところをワシが拾ってやったんじゃ。ほんっと汚くって、ゴミと変わらんかったよなあ。犬にしてやっただけでもありがたく思え。しかし、いくら犬っちゅうても、人生でも負け犬でケンカでも負け犬じゃ、どうしようもなかろうが」
「刈谷さん、ほんと頼みます。そういう話はこいつが帰ったらして下さい」

 

年少って少年院のことか? そういえば学校に行ってないって言ってたけど、そういうことなのかな。一体何をしたんだろう。

 

「……優樹、もう始発出てるから帰りな」

 

おれの心を見抜いたかのように気まずそうな態度をとる孝太。おれがその気持ちを察して、しどろもどろしつつも席を立つと、刈谷と呼ばれた先輩ヤクザも席を立った。

 

「ワシが送ってやる」
「い、いいです!」
「遠慮せんでええ。ぼんに迷惑かけたお詫びじゃ」
「刈谷さんっ、そいつだけは……!」
「何慌ててんじゃ孝太。聞かれてまずいことでもあんのか」
「……お願いします。大事な奴なんです。傷つけないで下さい」

 

恐怖で震えているうちに、刈谷にぐいぐい引っ張られる。おれはその孝太の慌てっぷりに、このままどこかへ売り飛ばされてしまうのではなかろうかという勝手な思い込みで、また体が震えた。

 

「怖がるな、ぼん。ただ送るだけじゃ」

 

外には黒塗りの車の隣でたたずむ運転手がいた。人の良さそうな運転手が「どうぞ」と扉を開けたので少し警戒心がとける。刈谷が「はよ乗れ」と苛立った声を上げるので、観念して車に乗り込んだ。

 

「家はどこじゃ」
「ええと……」

 

念を押して隣駅を伝える。刈谷がおれの隣に腰掛けると、車は静かに発車した。

 

「そんで、孝太とはもうそういう仲なのか」
「はっ?」
「隠さんでええ。あいつが遅れたり無茶なことしたりするときは、いつも女がらみなんじゃ。ぼんは男だけどあいつ好みの顔しとるしな。もうヤったのか? まあ、年少上がりはそういうこともあるやろ。男しかおらんしな」

 

刈谷が下卑た笑いを浮かべる。おれはその笑いに笑顔を返すわけもなく、前の運転手の方を見やった。

 

「……孝太は少年院にいたんですか?」
「そうじゃ。人殺しじゃ、あいつは」
「ひ、人殺し?」
「あんまあいつに関わんない方がええ。ぼんもひどいことされたんやないんか? それともそういう方が好みか?」
「ちょ、ちょっと」
「子分がされたことは親分がされたことと一緒と言ったやろ。そんなら、あいつのもんはワシのもんじゃ」
「やめてください……」

 

頬につうと刈谷の手が触れた。身震いする。こいつの頭ん中はどんなふうになってるんだ。おれがかたくなに拒むと、刈谷は大声を上げて笑った。

 

「がはは、イヤならあいつと縁を切ることじゃ。ワシはな、孝太が可愛いんじゃ。変な奴に感化されて言うこときかなくなるのは許さん。いいか、今後あいつに近寄ったりしたら、いくらぼんでも容赦ようしゃせんぞ。女と違って、痛い目合わせるんは少々無理がききそうやしなあ。ワシの所有物を奪うもんはそれなりの代償を払ってもらわんとな」

 

何でおれがそんなこと言われなきゃいけないんだ。むしろ、孝太と関わって被害を受けているのはおれなんだぞ? 勘違いもはなはだしい。

 

「おれたちはそんな仲じゃありません。今後一切関わりませんから安心してください」

 

おれだって、こんな世界とは手を切りたいんだ。平穏な生活に戻りたいんだ。
そう思っても、野放しで喜べない自分がここにいた。
シーツに落ちた孝太の血が、赤い花びらが散ったように見えたのを思い出してしまった。

 

 

土曜日の昼、熟睡してたところ貴洋からの電話で起きた。刈谷に隣駅で無事降ろしてもらい、家に帰ると着替えもせず、そのままベッドに横たわって寝てしまったようだ。

 

「もしもし……?」
「ああ、優樹無事か。夜中、道玄坂で発砲事件があったみたいだぞ。お前らオールしてたわけじゃないよな? あいつ、ちゃんと帰らしてくれた?」

 

さすが貴洋はするどい。本当のことを言うべきか言わないべきかおれが無言でいると更に詰めよってきた。

 

「あいつさ、多分お前のこと好きなんじゃねえかな。練習のときもずっとお前のこと見てたし、優樹、前も似たようなことあっただろ?」

 

確かに、男に好かれるのは今回が初めてではない。この外見のせいで昔から女の子みたいだとバカにされ続けてきた。
それでも、別に中身は普通の男なんだから自分を卑下する必要もなかった。
しかし、言い寄ってくる男を性格上あまり邪険にもできなかったし、暴力なんてもっての他だった。そんなおれを守ってくれていたのはこの貴洋だ。心配するのも無理はない。

 

「今回はヤクザだぞ? お前、ちゃんと拒まないとだめだぞ? いくら俺でも、それが本職の奴には勝てねえし」
「ありがとう貴洋。でも、もう大丈夫なんだ。二度と孝太とは会わないって約束したから」
「あ、そうなんだ? 良かったな」

 

そうだ。もう二度と会うこともない。もし孝太から連絡がきたら着信拒否して、大学に押し掛けてきたら別の出口からこっそり帰ることにしよう。広い構内だし、おれの居場所なんてわかるわけもないんだから。キズがどうなったのか気になるけど、あんなに元気だったし大丈夫だろう。それと……。

 

――人殺しじゃ、あいつは

 

少年院に入ってたから学校に行けなかったってことかな。ひとりだったらしいし、あの笑顔に隠された人生はどんななんだろう。
まあ、色々考えても仕方ないので、頭をすっきりさせるためにシャワーを浴びた。
風呂上り鏡を見つめると、確かに華奢な自分がそこにいて、白い体にはいくつもの痣と、赤い痕が残っていた。
そういえば、おれ孝太に強姦されたんだった。孝太の両腕には刺青が入っていて、力いっぱい抱きしめられたんだ。
すごく痛かったけど、孝太はこんな痛み平気なんだろう。そう感じることで自分を守ってきたのかもしれない。銃を突きつけられたときだって、そんな恐怖より辛いことを味わってきたのかもしれない。

 

『……お願いします。大事な奴なんです。傷つけないで下さい』

 

 

なぜか、孝太の最後の言葉が頭から離れなかった。

 

【第一章・完】

 

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