スロウダイヴ

短編小説




扉を開けたとたん、病的なフィード・バックが俺を取り囲む。

その次は、甘ったるく囁くヴォーカルが誘惑する。気だるげに、でも官能的に。英語が分からない俺は余計そう感じた。ギターのディレイが特徴的なこの曲は知ってる。アサトのお気に入りのバンドだ。

昔はこんな変な音楽、どこが良いのかと思っていた。それは、自分の靴のつま先を見ながらギターを掻き鳴らす、不器用で傷つきやすい人間達が作ったジャンルだった。

彼らには周りなんて関係ない。周りが何と言おうが思おうが、自分達の世界を創り上げる意思を持っている。自分だけが唯一で、他人と関わることが煩わしかったり、でも実は憧れていたりするけれど、自分の世界が崩れることを恐れている。それ故にどうしようもないところまで傾倒する。

まともな人間達が作ったルールの中でどう足掻いても、そうでない人間達は上手く居場所を見つけられないのだ。

アサトも例外ではない。だから、この音楽に魅せられているのだろう。

俺の兄ちゃん、アサトは引きこもりだ。俺の覚えている限りでは高校生からだったと思う。ある日からぱったりと外へ出なくなったし学校へも行かなくなった。言葉もしゃべらなくなった。でも、何故かその時、俺は不思議に思ったりはしなかった。これが本当のアサトなのかなって気はしてた。今までは無理に無理を重ねて、取り繕っていただけなんじゃないかって思ったんだ。

外は清々しい空気で溢れているのにアサトはどんより湿った日陰の空気を好み、毎日毎日、カーテンを閉め切ったほの暗い部屋で、どっぷり羊水に浸かるように音の波の中で暮らしている。思いっきりリバーブを利かせた輪郭のない音は空気に溶け、部屋中に広がるノイズになる。音の濁流に飲み込まれながら、轟音にかき消されながら何を思うのだろうか。

 

 

「アサトー」

 

 

強くドンドンと扉をノックすると、暫くして鍵を開ける音がする。普段は鍵を閉めて、何者の進入を拒んでいるのだ。これが曲作りに専念しているときだと、ヘッドホンで爆音を聴いているときなので鍵は開かない。今日は運良く開いたので嬉しかった。

見るからにナイーヴそうな童顔の顔。
それを隠すうざったい前髪。
くたくたのTシャツに色あせたジーンズ。
ああ、アサトだ。

 

「今日は作ってないの?」
「……」

 

アサトは俺に背を向けながら軽く頷いた。

こんな風に、アサトはあまりしゃべらない。だいたいは俺の問いかけに頷くか、首を振るかだ。

でも、こう見えてもアサトはその筋のマニアの中では、少し名を知られているクリエイターらしい。デジタル・パフォーマーというソフトで音楽作りを行っており、パソコンの周りにはコルグのシンセ、マークオブザユニコーンのオーディオ・インターフェース、ローランドの音源、アレン&ヒースのミキサーといった高そうな機材が6畳の部屋に所狭しと置かれている。ここがやっと手に入れたアサトの城というわけだ。

 

今では父さんも母さんも、アサトの行動について何も言うことはなかった。もちろん登校拒否をし出した頃は、何とか学校に行かせたがっていたようだが、音楽を作りお金がもらえるようになってからは無理に社会復帰を勧めなくなった。

でも音楽に興味がない父さんたちは、アサトの曲の良さが分からず、しかも簡単にできるものだと思っているらしい。だからアサトをすごいと思っているのは、俺と、アサトが引きこもりだなんて知らないアサトのリスナーだけだ。

アサトはすごい。何でみんな気付かないのだろう。俺は引きこもりになる勇気もないというのに。外の世界に臆病になったからといって社会のレールを外れてまで、自分を守ろうとは思わない。将来を無難に生きるために、とりあえずは皆が辿る道を同じ様に進んでいきたい。

やりたいことをやってるアサトと、目的もなくただブラブラしてる俺を比較すれば明白だ。今年大学4年になった俺は、本当なら就職活動に専念しなければいけないのに、求人情報を見比べては、面接のアポイントメントを取ることに躊躇していた。

俺は何がしたいんだろう。それは、人生で初めて直面した焦りだった。

まだ学生だと思っていたら、もう卒業だ。大学で勉強をしてそれなりの知識はつけたものの、それを生かす目的がないのだから意味がない。今思えば、医学部とか理工学部とか、込み入った学部に進めばよかったと後悔する。それだったら、もっと将来への選択肢が狭まる。興味のない分野の勉強をするのは大変だろうけど、やってみたら案外面白いのかもしれない。無難に商学部なんて取ってしまったから迷うんだ。行く末はサラリーマンだと思うと気が進まないし、寧ろアサトを見てしまっているから、ずいぶん虚しく感じる。

幻想の中で生きていけたらいいのに。
湖に浮かんでたゆたうように、心地よいビートに身を任せる。
音の渦にスロウモーションで飛び込む、そんな画を想像する。
中毒性のあるCDを聴き過ぎて、俺の心も叙情的になっているようだ。

 

 

「ユイトは、どこかいい所見つかった?」

 

夕飯はアサトも一緒にご飯を食べる。昔は朝昼晩すべて自分の部屋で食べていたが、俺が引っ張り出してきたんだ。トイレと風呂以外でアサトが自分の部屋から出る唯一の時間は、父さんも母さんも嬉しそうだ。それをアサトは猫背で、目を合わせないように泳がせながら席に着く。

 

「うーん。少しは目星つけたけど、自分に向いてるとこなんてまだ分かんないよ」
「どこだっていいじゃない。やっているうちにやりがいを見つければいいのよ」
「そうだぞ。今は雇ってもらえるだけでもありがたいんだから」

 

いつもは放任主義な親だが、アサトのこともあってか俺には安定した職に就いてもらいたいと思っているらしい。その気持ちは分からなくもないぶん、焦りを増徴させる。

 

「でも、俺だって自分が納得いく職に就きたいよ」
「それが分からないんでしょう? そうしてる合間にどんどん時間を無駄にしてるんじゃないの。今更じたばたしてるくらいなら、どうして今まで遊んでばっかりいたの? 自分が何をやりたいか、今までに見つけておけば良かったでしょ」
「今までだって考えてはいたけど、まだ見つかってないんだよ。俺、音楽とかデザインとか好きだし、そういうのがいいかなって漠然と思ってはいるけど……」
「言っておくけどね、アサトとあんたは違うのよ? アサトは、家でこうして運良くお金がもらえてるみたいだけどね、逆に言えばアサトはこうやってでしか働けないんだからね。あんたは自分にできることの範囲内で考えて頂戴よ」

 

アサトは平静を装いながらちびちびとご飯をつまんでいる。長い前髪で表情は分からない。でも、内心すごいドキドキしてるんだろうなということが滲み出ていた。

アサト。アサトがもし青春時代を犠牲にせずに、あのままのアサトでいたら今頃何をしていたんだろう。今ここで、あの頃の音を鳴らすことはないのだろうか。

今のアサトはメランコリー漂う、永遠のティーン・ネイジャーだった。

 

 

daydream daydream you are

It’s time to collapse into ourselves

daydream daydream you are

It likes to cover into our minds

 

アサトの曲にはヴォーカルが入っていないのに、歌詞がある曲もある。
声なき声で訴えかける切情だ。
遠い記憶に残る、か細いアサトの声は、きっとこの曲に馴染むと思う。
いっぱいのリバーブとエコーをかけて妖艶に響くだろう。

昔と変わらない真っ赤な夕日を見ながら、アサトの作った音楽を聴いた。

アサトは、この景色を思い出しながら作ったのかもしれないな、と思わずにいられないほどしっくりとはまった。光が射さない薄暗い部屋で生まれたとは思えないくらい、極彩色に色づいていた。

アサトの世界はきっと、あの頃で止まっている。アサトはもう、汚いものを見たくなかったのかもしれない。部屋に閉じこもりながら、大切に自分の記憶だけを辿ってかたちにするのだ。変わらないものは太陽と、アサトだけだった。

俺達が生まれ育ち、今日まで生きてきた街。のんびりとしていて俺は大好きだった。小さい頃は近くの原っぱでアサトと鬼ごっこをして、川でザリガニ釣りをした。

しかし月日は流れ、原っぱにはアパートが建った。その後大きな道路も整備され、アサトと学校帰りに寄っていた柴犬が二匹いる家は、そのせいで引越しを余儀なくされた。そこでは、俺達が犬を撫でていると奥からおばさんが麦茶とお菓子を持ってきてくれた。

ザリガニの姿を見かけなくなったのはいつからだっけ。俺は、釣りの合間につまみ食いした餌のにぼしの味を、ほろ苦く思い出した。

この街にはもう惹かれるものはないのかもしれない。全て遅すぎて守りたいものもない。遠くに行きたかった。俺のやりたいことはそこで見つかるのかもしれない。

それでも俺は呑気に扉をノックしては、アサト、と呼びかけた。アサトの部屋からは、芳香が漂うように音楽が流れていた。落ちていた楽譜をまとめながら床に座ると、アサトの後ろ姿に語りかけた。

 

「俺には何の才能もないし、今のままじゃ何もやりたいことが見つからないんだよね。アサトが羨ましくてしょうがない。アサトはちゃんと自分の世界を確立してて立派だよ。アサトはすごいよ」

 

アサトは変わらず前を向いて、じっと俯いていた。

 

「今日ね、アサトの音楽聴きながら土手を歩いたんだ。すごく良かった。昔の頃思い出した」

 

アサトの肩が一瞬震えた。もしかしたら、何かしゃべってくれるかもしれないと期待した。でも、それ以上アサトが動きを見せることはなかった。せめて振り向いてくれればいいのに、と思いながら俺もうつむいいて暫く音楽に聴き入った。

作った人のことを知らなくても、聴けばどんな人なのかが手に取るように分かる。音楽って不思議だ。

俺にも何か一つ、誇れるものがあればいいのに。全てを犠牲にするくらい打ち込めるものがあればいいのに。でも俺は、適度に頑張ることや諦め方が上手くなるばかりで、大切な場所を失っても悲しまないようにすることで精一杯で、生まれる喪失感や寂寞せきばく感を紛らわすことしかできなかった。

アサトの音楽を聴くと、そういったものが陳腐に感じるから不思議だ。
社会に出れば必要不可欠なものが、全てガラクタに思えてくる。
俺が今まで培ってきたものは何だったのだろう。適応術、処世術、無意味な相槌、胸糞悪い愛想笑い、無駄な知識と身の保身。
そんなもの、俺だって欲しくなかった。俺が本当に欲しかったのは……。

その時、アサトが振り向いた気配がした。俺は俯いたまま、ただ、それを感じていた。

 

 

俺は大学を中退して、海外に行くことを決心した。

人付き合いもそこそこに、がむしゃらにバイトをして金を貯めた。
海外に行くことだけが今の目標だった。そう決めた後は、少し気が楽になった。行ったからどうなるとは分からなかったけど、とにかく色んな世界を見ようと思った。目指すは世界一周だ。途上国もあれば発展途上もある。日本という小さな島国にいただけでは知りえない文化がある。たくさん写真を撮って、日記に刻み、外に出れないアサトの代わりに、沢山沢山外の世界を感じてやる。

勿論、親は反対して勘当直前にまでなった。毎晩の言い争いはアサトにとってさぞかし苦痛だったろう。話し合いの途中、罵声が飛んだり、怒りと興奮で涙が流れることもあった。それでもアサトは、いつもと同じ様にちびちびとご飯をつまんでは口に運んだ。その後、アサトの部屋に謝りに行くと決まって、いつもより優しい音楽が流れていた。

そのたび俺の心はたちまち穏やかになって、この決断は間違っていないんだ、と再確認したのだった。

 

 

俺が旅立つことについて、アサトはどう思っているのだろう。
寂しいと思ってくれているのかな。心細いと思ってくれているだろうか。
だって、俺以外にあの部屋に入れる奴なんていないんだから。いや、これを機に外に出てくれるかもしれない。部屋に閉じこもっていたのは俺のせいだったのかもしれない。

努力の甲斐あって、三ヶ月でまとまった金ができた。
明日、ついに出発する。
夕飯のあといつもと同じ様に部屋をノックをしたら、いつもより少し遅れて扉が開いた。まるで何かに躊躇ちゅうちょしているみたいだった。

 

「俺、明日行くから……」

 

そう言うと、アサトは後ろ向きで頷いた。

 

「アサトも頑張ってね。俺も頑張るから。応援してるから」

 

振り子のように大きく頷いたアサトは、依然前を向いたままだった。それに急激にさみしさを覚えて、俺は強く叫んだ。

 

「最後くらい、俺の方向いてよ。そうしなきゃ、アサトの顔忘れちゃうよ」

 

アサトは暫く固まったままだった。ちょうどかけていたCDが止まった。
沈黙。
それでも、俺たちはずっと止まったままだった。

 

「……CD、かけないの?」
「……」

 

少し考えた後、アサトがイスから降りてコンポに積まれたCDをセットした。
甘ったるく歪む、浮遊感のあるギター・リフがBGMになる。アサトの好きなCDだ。何だかとても嬉しくなった。このひとときは特別だと言ってくれている気がした。

 

「俺、この曲大好き……今までありがと。また、戻って来るから……」

 

最後に俺が言うと、アサトが弱々しく振り向いた。
振り向いてくれてよかった、とおれは部屋から出ようとしたが、アサトが俺の腕を掴んだ。
泣きそうな顔だったけど、泣いてはいなかった。セラミックのようにできた白い肌と相まって人形のようだと思っていたが、アサトはちゃんとした生身の人間だった。ちゃんと生きてる。エモーショナルに響く、彼の創った音楽のように。熱いてのひらだ。

どちらともなく狂気の渦に巻き込まれてキスをした。
音の波。繰り返し繰り返しリフレイン。すべてがスローモーションで回るよ。
虚ろなヴォーカルが、後押しするように囁く。

長い前髪を掻き分けてまぶたにキスを落とすと、少女のように儚げな表情を浮かべたアサトがいた。そのままベッドに押し倒すと、始めは狼狽していたアサトだったが、いつしか身を委ねていた。

俺は無法地帯の空間と媚薬のような響きの中で、頭が混乱していたのかもしれない。
それともルールなんて、始めからないことに気付いたのかもしれない。

 

 

「ゆいと」

 

 

声は音にのまれて溶けてゆく。
それすらも、空間を形成するノイズになる。
熱っぽく懇願する声は官能的でぴったりなサウンドだった。
締め切ったアサトの部屋には、それが充満して、また俺達に巡ってくる。
どんどん狂ってゆく。密度の濃い狂気が、この部屋で精製される。

アサトは男の受け入れ方を知っていた。
でも、そんなのどうでも良かった。
全て忘れて、幻想の世界で、セックスに没頭した。
ここは、俺達だけの世界。

抜け殻になるまで、虚無感で支配されるまで、麻薬のように快感にすがって、何度も何度も体位を変えては絶頂に達し、深く、もう行けない所まで激しくえぐって突いた。

呻きながら、体を弛緩させて全身で快感を叫ぶアサトの白い肌が、艶めかしくよじれた。
無我夢中で、息ができなくなるまで、俺の下で苦しそうに。

ずっとつながっていたかった。
もしかしてアサトは、俺を待ってたのかな。ひとりぼっちのこの部屋で。

 

 

「アサト……」

 

 

そのときちょうど、音が鳴り止んだ。
あとには喪失感と俺達の吐息だけが残った。
波紋がゆっくりと引いてゆく。
現実の世界が幕を開ける。

そして俺は、旅立つ。

 

 

海外で色んなものを見た。

ヨーロッパでは、中世の建築様式をした荘厳な教会や美術館、博物館を回った。

それに飽きたらお洒落なレコードやマニアックなCDを売っているショップ、かっこいい服を売っている店に入った。特にイギリスでは、クールな格好をしている若者がたくさんいて街を歩くのが楽しかった。

それも済んだら好きな映画の舞台になった場所や、CDのジャケットに写っているところ、有名なライヴハウスやナイトクラブを回った。日本ではクラブに行くのなんてかったるかったのに、こっちで外国人に囲まれて弾けるとノリが全然違うので楽しかった。曲も洗練されてミニマルなテクノやハウスばかり流れていた。ドラッグで飛んでる奴もいた。さすが本場だと感心した。

アメリカでは綺麗なビーチでサーフィンをした。皆ガタイが良く、自分の貧相な体が少し恥ずかしかった。全てがビッグサイズに仰天し、昼に買ったハンバーガーを食べきれず、夜に分けて食べた。これはガタイがよくなるのも分かる気がした。

ブロードウェイでミュージカルを見たけど、俺はあまりミュージカルは好きではないことに気付いた。そして禍々しいネオンに支配された大通りで、初めてカジノに挑戦してみた。バカラとブラックジャックを試してみたが、100ドルすって終わった。俺にはギャンブルは向いていないらしい。

アフリカでは、サバンナで暮らすライオンが、鹿を捕まえて食べていた。日本とは比べ物にならないほどの真っ赤で大きな夕日が毎日惜しみなく落ち続け、ヌーの群れが土ぼこりを上げて生きるために移動していた。

ピラミッドを見るために砂漠を歩いたし、灼熱の世界でらくだに助けられながら進んだ。時々武装した警察官がバスに乗り込み、素性をチェックされた。その度、日本はなんて安全な国なんだろうと実感した。

東南アジアでは、市場で蛙の蒲焼を食べた。象に乗った。
あとは、しょっちゅう遭遇するストリート・チルドレンにお金をあげた。道を歩けば、お金や食べ物をせがまれる。どの路地でも必ず彼らは常に彷徨っていた。俺はそれに軽いショックを受けたが、よく見ると子供だけではなかった。

熱い熱帯の世界。行ったのはちょうど雨季で、湿気が暑さに拍車をかける。そんな中、路上では寝転がっている人がいる。日光浴などではない、住んでいるのだ。それも、家族で固まっていたり、俺のじいちゃんとばあちゃんくらいの夫婦がそろって寝こけているときもあった。

時には痩せこけた子供を抱えた母親が、子供以上に痩せこけて悲しい眼差しを向けつつ、『子供のミルク代をお願いします』と書かれたプラカードを前に置いていた。その缶の中には小銭が入っていた。しかし、俺の手持ちの小銭をそこに入れても、その母親が笑うことはなかった。

おれはそのままビザを取得し、現地でボランティアに励むことにした。
ボランティアは楽しい。俺でも役に立っているんだという気になる。不衛生な介護施設に訪問したり、荒地を耕したり、炊き出しをしたり、子供と遊んだりした。
現地語と英語が公用語だが、教育を受けていない人々には現地語しか通じない。それでも、必死に英語から現地語へ変換したり、逆に英語を教えたりした。

家族には定期的にハガキを出していた。ボランティアをしてからはそんなに頻繁に出すことは出来なかったが、それでもアサトのことを忘れたことはなかった。

俺、自分のやりたいこと見つかった気がしたんだ。
帰ったらそのことを話せるのが楽しみだった。
何でそんなことしようと思ったの、バカじゃないの?
そんな風に笑ってくれれば嬉しいな。

 

 

しかし、俺が海外に行って六ヵ月後、アサトは死んだ。
アサトはその日、外に出た。そしてそのまま帰ってこなかった。
ビルから飛び降りたのだ。

何を思ってアサトは外に出たんだろう。何で死のうと思ったのだろう。それはアサト以外に誰も分からないから、いくら考えたって答えなんか出てこないけど、でもやっぱり俺は、それが始めからアサトの運命だった気がしてならないんだ。たとえそれが俺のせいだったとしても、きっと遅かれ早かれ起こり得ることだったんだろう。
だから俺が後悔したり、悲しむ必要はない。そう言い聞かせるように生きている。

ただ、今でもアサトのあの部屋が恋しくなる。
戻れないときが、そこに凝縮されているような空間。
懐かしくて、胸が押しつぶされそうになる感覚が今でも襲う。
そんなとき、アサトが好きだったCDを手に取る。
あの頃の音楽はこれからも変わらずに響くことだろう。
アサトがいない世界で。

 

【完】

 

 

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